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37 ロリ剣精霊引き上げ作戦② 





 口の中にその(・・)感触がない事に気付いた『ヌシ』は、すばやく身体を転回させる。水中を転がる俺が顔を上げた時には、魚は既に俺へと身体を向けて迫ってきていた。


(あの巨体で、そんな小回りが効くのか……)


 化け物か、と思わず呟きそうになるのを堪える。


 間違いなく400年以上生きている化け物だ。


 急いで体勢を立て直し、ノーレさんを手に水上を目指そうとする。


 とにかく今は、水上に上がれさえすれば良い。


 そうすれば、この場所から出られるのだから。


 しかし、大して上昇する事もままならない内に、俺はまた『ヌシ』の巨体を避ける事に集中しなければならなくなる。先程と同じように、横に跳び転がるようにして回避する。少しでもタイミングを早まろうものなら、簡単に対応され牙の餌食になるだろうし、また生半可に避けようとすれば、馬車に跳ねられるかのようにその巨体に弾かれてしまうだろう。全力で跳ばなければならなかった。


(やばい、息が……!)


 二度目、そして三度目の回避行動になんとか成功するものの、息の余裕が少しづつなくなってくる。


 先程からほとんど水面に近づけていない。


 いや、それどころかむしろ、水底に戻ってすらいる。『ヌシ』が俺を逃すまいと、そう誘導しているのだ。


(……小賢しい)


 酸素が足りなくなってきて、少しづつ頭に血が上っていく。


 このままではあと数度も避け続けている内に、呼吸が出来なくなってしまうだろう。


『リュシアン……』


 白色の剣(ノーレさん)の不安そうな声が、脳内に響く。


(どうする……)


 そう俺は考える。


 このまま回避行動を続けていても、ジリ貧になるだけだった。一度でもあの巨体を避け損なえばその場で終わる。かと言って、息が切れればそれはそれで終わってしまう。


(なら奴に背中を向けてでも、水上を一心不乱に目指す? ……駄目だ、速度が違う。一瞬で下から喰われるのがオチだ。足止めでも出来ない限り難しい)


 それに白色の剣(ノーレさん)を持ったままでは走る速度にも限度が出てくる。


 ならいっその事、一度白色の剣(ノーレさん)を手放すというのはどうだろうか。いや、それだと本末転倒になってしまう。彼女がいなければこの洞窟から出られない上に、一度ヌシに気付かれた以上、再び戻ってくる事など不可能に近い。


 それに、彼女がいないままで水上へ上がったところで、先程と違って『足場』がないのだ。水面に飛び出したところで、あの時とは違い、ぱくりと喰われてしまうのがオチだろう。


(いや、待てよ。もしかしたら……)


 とそこで、俺はある事を思い出す。


 最初にここに落ちてきた時の事だ。『もしも』あの時と同じ事が起きてくれれば、この状況を切り抜ける事も可能になるかもしれない。


 勿論、次も()()()()という確証は無い上に、その為には、他にも様々な『もしも』が起きてくれなければいけない。その『もしも』が1つでも上手く起きなければ、俺もノーレさんもここで終わってしまうだろう。


 だが今は、それしか他に思いつかないのも確かだった。


 その『もしも』達が起きてくれるのに賭けるより他ない。


『……リュシアン?』


 せめてノーレさんには俺が何を考えているのか説明したいところだが、水中ではそれも出来ない。それを察してくれるのを祈るしかなかった。


「……」


 俺は再びこちらに向かってくる巨大魚に対し、今度こそ逃げるのをやめて白色の剣を構える。そして、精神を集中させる。


 大開きの口が迫る。


 先程までのように横に逃げるのではなく、巨体の身体と擦れ違うように跳んだ。


 眼前に牙が迫り背筋が凍りかけたものの、なんとか避ける事が出来た。


 ――『もしも』俺が牙を避け、擦れ違う事が出来たならば。


 『ヌシ』との擦れ違う一瞬。俺は身体を捻り、白色の剣(ノーレさん)を『ヌシ』の眼球にめがけて、いや、正確には眼球と肉との合間に捻じ込むように深く突き刺す事に成功する。


 ――『もしも』俺がその一瞬で、白色の剣を『ヌシ』に突き刺す事が出来れば。


 そうして俺はすぐさま彼女から手を離す。


 俺の身体は、『ヌシ』の巨体に弾かれる。


「がっ……!」


『リュシアン!』


 口から残っていた空気が吐き出され、弾かれた衝撃に意識が飛びそうになる。


 ……しかし、元より来るとわかっていた衝撃だ。なんとか俺は意識を保つ事に成功する。


 そうして体勢を立て直すと、水面に向けて、最後の疾走を始める。息はもうほとんど余裕がない。あとは気力との勝負だった。


 ――『もしも』あの巨体に弾かれても、俺が意識を失わずにいられるのであれば。


 ――『もしも』水面までの少しの時間、息を我慢し続けることが出来れば。


「……!」


 『ヌシ』は痛みのあまり、その場で身体を大きくくねらせる。


 突き刺さったままのノーレさんを振り払おうとしているのだ。しかし深く突き刺さったままの白色の剣(ノーレさん)は簡単には離れてくれない。


 ――『もしも』白色の剣(ノーレさん)があのまま突き刺さったままでいてくれるのであれば。


 巨大魚は白色の剣を払う事が不可能だと知るや、彼女を振り払うことを一旦諦め、再び俺に向き直る。


 しかし、それだけの時間が稼げただけでも十分だった。


 その時には俺は既に、水面付近まで辿り着いていた。『魚』は俺の真下から全力で追いかけてくるものの、水中で俺を捉える事はもう出来ないだろう。


「……」


 勿論、このまま水上に出て行った所で、逃げ場がある訳でも無い。


 荷物のある足場までは、かなりの距離がある。その方向に向けて跳んだところで、到底届くことはない。


 それはわかっていた。


 だからこそ、俺は残りの『もしも』が起きる事を信じ、何も無いその空間に向かって、()()に『跳躍』していた。


 『水中歩行』、『脚力強化:中』、『跳躍』の技能(スキル)があったからこそ出来る、滞空時間の長い浮遊だった。


「来いッ――!」


 浮上した俺は息を大きく吸うと、水中を眺め、念じるようにそう呟く。


 きっと『ヌシ』がそこで冷静に判断を下し、俺が水の中に再び落ちてくるのを待っていたのであれば、俺は彼に喰われて死んでいただろう。


 しかしそうならなかったのは、彼がはやる食欲とその速度を殺しきれなかったせいだ。初めに俺を追いかけてきた時と同じように、『ヌシ』は水面から顔を覗かせ、その大きな口を開いていた。


 ――『もしも』先程と同じように、巨大魚が俺を追い、水上へと顔を覗かせてくれるのであれば。


 そのお陰で、魚の眼球に刺さったままだった白色の剣(ノーレさん)も、水上へと上がってくる。


「――ノーレ!!」


 そう俺は叫んでいた。


 水から抜け出した(彼女)はすぐさま光の粒子になり、俺に向けて浮上してくる。そうして、俺の頭上で少女の形をとった。


 今度は霊体ではない、実体と化した彼女だった。


「来ました! リュシアン!」


 ――『もしも』白色の剣(ノーレさん)が意図を察して、俺の元まで来てくれるのであれば。


 彼女は俺と頭を付き合わせる形になっていた。


 ノーレさんはそう声をあげながら手を伸ばす。俺はその手を掴む為に、頭上へと手を伸ばす。


 彼女の小さな手を握る。


 冷たい手だった。もう何百年と水の中に居続けた為に冷え切った手だ。


 その瞬間、彼女は再び白色の剣へと姿を変える。


 頭上に手を伸ばしていた為に、俺は剣を振りかぶった状態になっていた。


(……よし!)


 ――『もしも』、運良く俺が考える『もしも』の事がすべて起きてくれたとしたら。


 俺は握ったその剣に、彼女の属性である『風』の魔力を込める。そして獲物を捉えようと水上に出てきていた巨大魚にめがけて、全力の魔力をぶつけるように剣を振り下ろした。


「――風よ!」


 剣の先から、空気の刃が生まれた。


 それは斬撃となり、水面を割り、そして『ヌシ』の身体をも真っ二つに裂いたのだった。





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