36 ロリ剣精霊引き上げ作戦①
ノーレさんが沈んでいるという場所は、俺が落ちてきた場所よりも更に遠くにあった。水中に潜った俺は、出来る限り音を立てないようにしながら、少しばかり駆け足気味にその場所へと近づいていく。
勿論、その場所まで一直線に行く事など出来ない。
息が続かないのだ。
なので、一度その場所の近くで浮上する。
そこまでは、ノーレさんに案内して貰った。
『水中歩行』の技能は要求するポイントが高いだけあって、本当に水の中にいるのかと疑問に思う程、スムーズに動く事が出来た。この技能なしでは、ここに辿り着くまでだけでも、どれ程の時間が必要となる事だろうか。
「ここから真っ直ぐ降りていったところに、私はいます」
ノーレさんがそう言った。
彼女は水上にその姿を投影する事は出来ても、水中には投影出来ないらしい。
「……すみません、リュシアン。私が案内を出来るのはここまでになります」
「いえ、助かりました」
「お願いします、ご無事で」
不安そうな顔をする彼女は、他にも色々と何かを言いたげにしていたものの、それらをすべて飲み込むようにした後、姿を消した。残念ながら、会話をしている時間はそうなかった。
「……」
軽く息を整える。
潜ってしまえば、次に息をするのは、浮上してから、つまり色んな事に片がついてからになる。下手をすれば、これが最後の呼吸になるという可能性すらあった。
出来るだけその事を考えないようにして、すう、と肺一杯に空気を吸い込む。それから再び、水中へと入っていく。
水底に向けて、ほぼ垂直に駆けだす。
角度の激しい坂道を下っている絵面だが、実際は真っ直ぐで平坦な道を進んでいる感覚だった。技能によって、水中では上下左右の感覚が無くなり、自分が意識する場所が、すべて床となった。
ここからは時間との勝負だった。
俺の息が続くのはせいぜい1分ほどだろう。また『ヌシ』から逃げ続けられるのも数秒程度になるはずだ。
水底はかなりの深さがあったものの、『水中歩行』さえあればあっと言う間に底まで辿り着く事が出来た。水中では縦と横の感覚がなくなったせいで、正確な距離が掴めず、実際にどの程度の深さまで潜っているのか把握しづらかったけれども、この距離ならきっと復路の分の息は持ってくれるだろう。
「……」
水底に沈んでいるその剣が彼女だと言うことは、すぐにわかった。
あまりにも綺麗な剣だった。
何百年も水底に沈んでいたというのに、その白い剣は汚れもつかずに輝いていた。
彼女の着ていたドレスを連想させるような、白い絵の具の中に、ほんとうにわずかばかりの緑色を足したような色味を持つ剣だった。光って見えるのは、おそらくは魔力の為だろう。神秘的な耀きを持つ白色の剣に、俺は思わず見惚れそうになってしまう。
水底に足をつけた俺は、その剣を手にとる。
『……リュシアン、聞こえますか?』
その剣の柄を手にとった途端、頭の中に彼女の声が響いた。
俺は頷く。
答えたいのだが、水中の為に口を開く事が出来ない。
『安心しました。聞こえているようですね。久々の事なので上手くいくか不安でしたが、良かったです』
そう思念が返ってくる。
こうして彼女の思念を受け取る事が出来るという事は、ノーレさんとの間に回線が繋がったという事だ。無事俺と彼女との間で契約は交わされたという事になる。
(あとは水面まで戻れば良いだけ……)
ここからは先程の足場までわざわざ戻る必要はない。水上にさえ出る事が出来れば、後は白色の剣の風魔法で、荷物のあるあの場所まで飛び、戻る。そういう手はずになっていた。
水面までの最短距離を、ただただ上がっていけば良い。
俺は水底を蹴り、水面を目指してまた駆け出そうとしていた。
『……リュシアン!』
とその時、ノーレさんの声があがる。
先程までと打って変わって、語気の強くなった彼女の声。それが意図する所は、勿論『その事』しかなかった。
周囲を見渡す。
巨大魚の頭がこちらを向いていた。それに気付いた時は、肉眼で確認出来るかどうかの小さな姿だったハズなのに、次の瞬間にはもう大きくなっていた。物凄い勢いで、こちらに近づいて来ているのだ。
(やばい、思ったよりも早く気付かれたか……!)
真上に駆け上ることを諦め、俺は『ヌシ』から距離を取るようにしながら水面を目指す。しかし、巨大魚と俺の距離は一気に詰まっていく。いくら先程より身軽になっているとはいえども、俺と魚との間には、絶対的な速度の差があった。
水底から水面まであと半分といった所で、巨大魚は俺のすぐ傍まできて口を開けた。
「……ッ!」
慌てて横に飛ぶ。
『跳躍』『脚力強化:中』『水中歩行』の技能をすべて遣い、俺は水中を転がるようにして、その巨体を避けていた。
先程まで俺がいたはずの場所を、その巨体が通り過ぎる。




