そして運命は動き出した
7月20日 昼過ぎ。
昨日のことがあったせいか、明け方まで眠れなかった僕が、目を覚ましたのは昼過ぎだった。
「やっぱりメールは来てないか……。」
僕は携帯を見てつぶやいた。
「どうしようかな。」
しばらく期間を置いてからメールするべきか、あえて踏み込むべきか……。
迷った挙句、ひとまず当たり障りのないメールを送ることにした。
「おはよう! ってもう昼過ぎだけど(笑 」
内容のないメールなら得意分野だ……なんて何の自慢にもならないのだが。
「ぐうぅぅ……。」
お腹が減った僕は、昼食をとりに部屋を出た。
「母さん、ご飯あるー?」
返事がない……家族は留守のようだ。
「仕方ない、カップラーメンで済ますか。」
僕は箱で買い置きしてあるカップラーメンを棚から取り出し、やかんを火にかけた。
湯が沸いたあと、カップラーメンに湯をそそぎ部屋へ持って行った。
部屋に入った僕は、カップラーメンを机に置きベッドの上に置きっぱなしの携帯を持って椅子に座った。
「まだ返事はないか。」
僕は携帯を眺めたまま、ズルズルと麺をすする。
ブルブルブル。
「ぶはっ。」
麺を勢いよくすすった瞬間に携帯が鳴り、僕はびっくりして思わず麺をふき出した。
「やっちまった……。」
机の上の状況は……いや、説明するのはやめておこう。
机の上をティッシュで綺麗に拭き取り、僕は携帯を見た。
彼女からのメールだった。
「おはよう! 相変わらずお寝坊さんだね(笑 」
いつも通りの彼女のメールに、僕はほっと胸をなでおろした。
「ついつい夜更かししちゃってね。 起きたら昼過ぎだったよー。」
僕は彼女に返信し、残りのカップラーメンを食べた。
昼食のあと、学校の課題をしながら僕は彼女と何度かメールをやりとりした。
「今ってどんな関係なんだろうか?」
仲の良いクラスメイト? 友達? 友達以上恋人未満?
この頃から僕は、この先どのように距離を縮めるか更に悩むことになる。
僕の願いは彼女と恋人同士になること。
「はぁ……。」
僕は深いため息をついた。
7月25日 午前中。
この日は珍しく、9時前には目が覚めていた。
あれから特に進展はないが、毎日メールのやりとりはしている。
内容としては、挨拶に始まり音楽や本の話という具合だ。
当然、好きですとか好意を持ってます……なんてアプローチは出来ていない。
「夏休み中には……。」
最近どうも心の声が出てしまう傾向にあるようだ。
七夕の日、彼女と付き合いたいと願いを書いた。
あれから2週間と少し経つが、どうやら願いが叶うと言ってもすぐに叶うわけではないらしい。
そこまで本気で信じていたわけではないが……。
ブルブルブル。
珍しく……というよりは、初めて彼女の方からメールが来た。
いつもは僕が最初に送って彼女が返信してくる。
「珍しいな。」
僕は携帯を見た。
「おはよう! 春川くん、今日時間あるかな?」
僕は、彼女からの突然の誘いに驚きを隠せない。
「おはよう! いつでも空いてるよ! どうしたの?」
僕はドキドキしながらメールを送った。
「少し会えないかな? 13時に公園で大丈夫?」
心臓の音がヤバイ……。
「おっけー! それじゃあとで公園行くね。」
このときばかりはメールで良かったと心底思った。
文字だと平静を装えるからだ……。
僕が公園に着いたのは12時50分くらいだろうか、中に入った僕はベンチに座った。
「少し早かったかな。」
緊張のせいで家にいるとそわそわして早めに来てしまった。
それから5分くらいして彼女がやって来た。
「早いね、春川くん。 待たせちゃったかな?」
「ううん、僕もさっき来たばかりだよ!」
そんなやりとりをしながら彼女は僕の隣に座った。
「ごめんね、急に呼び出して。」
「気にしないで、何かあったの?」
そのあとしばらく黙り込んだ彼女が口を開く。
「この前の翠先輩とのこと……。」
「えっ、あ、うん。」
告白されるのでは? と淡い希望を持っていた自分を恥じた。
ただ、翠先輩とのことはずっと気になっていた。
「実はね、翠先輩とわたしのお姉ちゃんって親友だったの。」
「そうだったんだ。」
「翠先輩、昔は良く家に遊びに来てたんだ。」
「そうなんだね。」
それで面識があったのかと僕は納得した。
「わたしのことも、遥、遥って妹みたいに可愛がってくれてた。」
僕は頷きながら、続きを聞いた。
「でもね、お姉ちゃんが死んだあとからわたしを避けるようになったの。」
「えっ……。」
正直、僕はこのときなんて言葉を掛けて良いかわからなかった。
「お姉ちゃんのお葬式の日、泣きながらずっとわたしを見てた。」
彼女は下を向いた。
「19日に翠先輩に会ったのは偶然だったの、図書館の帰りに公園を通ったとき。」
「うん。」
「翠先輩に思わず聞いたの……どうして避けるの?って。」
話を続けている彼女のあしもとは涙で濡れていた。
彼女が語った瀧川先輩とのやりとりはこうだった。
「翠先輩……どうして避けるの?」
「なんで……なんで……。」
「えっ?」
「なんで朱音が死んであんたが生きてんのよ!!」
「……。」
「全部……あんたのせいよ……。」
そのあと瀧川先輩は泣きながら僕の横を走り去ったわけだ。
因みに、笹浪朱音 これが彼女の姉の名前だった。
「ごめんね、急にこんな話して。」
「良いよ……話してくれてありがとう。」
そう言って僕は彼女の肩をそっと抱き寄せた。
「わたし……もう、どうしたら良いか……。」
僕は彼女の背中を優しく撫でてこう言った。
「笹浪さんのせいじゃないから、大丈夫だから。」
彼女は僕の胸に顔をうずめて、しばらく泣き続けた。
彼女が泣きやんだ頃、僕達のいる辺りがちょうど木陰に入り、風が心地良かった。
僕はすぐ近くの自動販売機でミルクティーを買い彼女に渡した。
「水分補給しないとね。」
「うん、ありがとう。」
冷たいミルクティーを飲み始めた頃、彼女は落ち着きを取り戻していた。
「少しだけ楽になった……。」
「うん。」
「春川くん、今日は本当にありがとうね。」
「全然気にしなくて良いよ、話ならいつでも聞くから。」
彼女は少し笑顔を見せた。
彼女と別れたあと、僕は家に帰りベッドに横になった。
すっと考えていた……瀧川先輩が彼女に辛くあたった理由。
きっと瀧川先輩にとって、親友の死はとても辛く簡単に乗り越えられるものではないだろう。
だけど、それは妹である彼女も同じであろう……。
瀧川先輩……このあと僕の人生において重要な存在になるのだが、その話はまた今度にしよう。
このときは、僕も彼女もまだ真実を知らないのだから……。
そして、短冊の裏の数字が42だったことを僕は知らない。




