夏休みまでには
7月14日 通学路。
いつものように学校へ向かう途中、公園で彼女と顔を合わせる。
「春川くん、おはよう!」
「おはよう……笹浪さん。」
少し眠そうに返事をする僕を見て、彼女は微笑む。
彼女に会えるから、やっぱり登校日は良い……。
僕にとって彼女との登下校は至福の時間だった。
「もうすぐ夏休みだね。」
「あっうん。」
そうだった……この週末から夏休みが始まる。
僕にとって、長期間の休み=彼女に会えない期間だった。
なんとしても連絡先を交換しなければ……。
僕の頭の中はそのことで一杯だった。
断られたらどうしよう……。
ネガティブな僕にとっては高いハードルだった。
放課後、いつものように彼女に声を掛ける。
「笹浪さん、一緒に帰ろ。」
「ごめんね、今日は先生に呼ばれてて……。」
「あっそうなんだ。 じゃぁまた明日。」
「うん、また明日ね。」
帰り道、公園で連絡先の交換をしようと思っていたが……不発に終わる。
7月15日 通学路。
今日こそは必ず……。
なんてことを思いながら、公園へ向かう。
「あれ? 今日は遅いな。」
いつもの時間に彼女の姿はなかった。
しばらく公園で待っていたが、彼女が現れることはなく、僕は学校へ向かった。
教室に着いた僕は、室内を見まわす。
彼女の姿はなかった。
どうやら体調不良で休みらしい。
「はぁ……。」
あと3日……僕は深いため息をついた。
もちろん、彼女の体調を心配する気持ちはあった。
ただ、それ以上に……夏休みの期間のことで頭が一杯だった。
帰り道、彼女の快復を願うため、神社に寄ることにした。
林道を抜け神社に着いた僕は、懐かしい女性と再会した。
「あら、春川くん久しぶりね。 元気にしてた?」
女性の名前は瀧川翠、3年生でバスケ部のマネージャーだ。
「瀧川先輩、お久しぶりです。」
「足……大丈夫?」
「ええ、日常生活にはもう大丈夫です。」
「そう……良かった。」
試合中、病院まで僕を連れて行ってくれたのが瀧川先輩だった。
「お参りですか?」
「えっ、あっ……うん。」
少し悲しそうな顔をした気がした。
「春川くんもお参り?」
「ええ、まぁそんなところです。」
「そうなんだ……。 ねぇ……。」
「えっ? なんですか?」
「あっ、良いのなんでもない、またね。」
そう言って先輩は足早に去ってしまった。
「何を言いかけたんだろう。」
引っ掛かるものはあったが、お参りを終えた僕は家に帰った。
7月16日 通学路。
「今日はいるかな……。」
僕は、彼女の体調を気にしながら公園へ向かった。
「今日も休みかな……。」
公園でしばらく待っていたが、彼女は来なかった。
「体調……そんなに悪いのかな。」
彼女と会えない日は、景色がいつもより色褪せて見えた。
この日は特に何もせず、学校が終わると家に帰った。
7月17日 通学路。
昨日はあまり眠れなかった。
少し眠そうにふらふらと公園へ向かった。
「春川くーん!」
元気そうな彼女の声に目が覚めた。
「おはよう、もう大丈夫?」
「うん、すっかり元気になったよ。」
ただの風邪だったらしく、僕は少しほっとした。
それと同時に、元気そうな彼女の姿を見て、連絡先のことなんてすっかり忘れていた。
昼休み、隣のクラスの男子生徒が教室へやって来た。
「春秋ー! いるかー?」
男子生徒の名前は山崎大地、数少ない僕の親友だ。
「大地? 久しぶりー。」
彼とは小・中・高と同じで、子供の頃は良く遊んでいた。
お互いに部活が忙しかったのもあり、高校に入ってからはあまり会うことがなかった。
「ちょっと頼みがあるんだけど……。」
「うん? どうした?」
ここでは話しにくいのか手招きしている。
「弁当食った?」
「まだだけど。」
僕達は屋上で昼食をとることにした。
「話って?」
「頼む、何も言わず今晩だけ泊めてくれ!」
「何も言わずって……また親と喧嘩でもしたのか?」
「はは……。」
彼は親と喧嘩すると、何故か僕の家に泊まりに来ていた。
「何回目だよ……。」
「すまん、この通り……。」
僕は少し呆れながら了承した。
「もしもし、母さん? 今日大地が泊まりに来るって。」
僕は母親に電話して、夕食の用意を頼んだ。
「マジ助かるわ。」
「あいよ。」
大地とのこのやりとりは何度目だろうか……。
チャイムが鳴る。
「おっと、授業始まるな。 じゃ、また放課後な。」
「おう!」
僕達はお互いの教室へと戻った。
放課後、大地が教室へやって来た。
「春秋ー! 帰ろうぜ!」
「すぐ行くー!」
教室を出るとき、帰り支度をしている彼女を見ながらそっとつぶやく。
「また明日。」
彼女が気付いていたかは定かではない。
家に着くと母親が誰かと電話している。
「ええ、じゃあ今日だけお預かりしますね。」
多分、大地の母親からだろう。
電話を切ったあと、母親が大地に言う。
「お母さん心配してたわよ、明日ちゃんと仲直りするのよ。」
「あっ、はい。」
いつも元気でテンションが高い大地が、このとき見せるしおらしさは毎回笑えた。
部屋に上がる階段の途中、窓際に吊るした短冊を思い出す。
大地を部屋の前で待たせ、慌てて短冊を外した。
「流石にこれは見られたくない……。」
そうつぶやきながら、僕は机の引き出しに無造作にしまった。
この日の夜は大地と夜中まで昔話で盛り上がった。
7月18日 終業式。
朝、部活の朝練がある大地は、僕より1時間早く学校へ向かった。
僕はいつもと同じ時間に公園へ向かう。
公園の入り口に彼女が立っていた。
「おはようー、もしかして待っててくれた?」
少し驚いた僕は思わず聞いてしまった。
「おはよう……どうかな?」
笑顔でそう言った彼女の表情は、少し照れくさそうだった気がした。
授業も終わり放課後、いつもと同じ彼女との帰り道、公園に寄る。
ベンチに2人並んで座った。
「明日から夏休みだね。」
彼女がそう言った。
「うん……。」
明日からしばらく彼女に会えないと思うと、少しそっけない返事になってしまった。
「春川くんは夏休みどこか行くの? 旅行とか。」
「特に予定はないかなー。 笹浪さんは?」
「あっ、うん。 わたしも同じ。」
続けて彼女が言った言葉に一瞬ドキッとした。
「ねぇ、夏休みどこかに行こうよ。」
「えっ?」
あまりに積極的な彼女の言葉に、思わず聞き返してしまった。
「どこかって……僕と?」
「うん。」
パニック状態、顔が熱い……。
「赤外線ついてる?」
「へっ?」
携帯を差し出す彼女の行動を理解するのに時間が掛かった。
「あっ……あぁ赤外線、ある。」
どこの外国人だろうか……。
バレないように小さく深呼吸して、少し落ち着いてから携帯を出した。
「これで連絡出来るね。」
笑顔で言う彼女は、まるで天使のようだった。
こうして夏休みの前日、念願の連絡先をゲットした。
夜寝る前、彼女に初めてメールを送る。
「こんばんは春川です。 今日は連絡先教えてくれてありがとう。
ずっと聞こうと思ってたから、凄い嬉しかったよ。」
送信……。
ブルブルブル。
「うわっ。」
何を驚いているのだろうか……。
「こんばんは、笹浪です。 聞こうと思ってくれてたんだ(笑
こっちこそ、いつも一緒にいてくれてありがとう。
春川くんといると……わたし元気になれるよ!
これからも仲良くしてね。 おやすみなさい。」
僕はすぐに返信した。
「もちろん。 これからもよろしく! おやすみ!」
彼女との初メールに僕は舞い上がっていた。
昨日、机の引き出しにしまった短冊のことをすっかり忘れていた。
そして、短冊の裏の数字が49だったことを僕は知らない。




