第9章:上級悪魔、この場にて
…確かに、見た目はおどろどろしい感じにはなった。だがしかし…
『どうしました?デビルの姿が、そんなに珍しいですか?』
ぼんやりと突っ立ている私たちを見て、カンヅが嘲笑する。
ダルとラギスはどう思っているのかは知らないが、私はこのデビルに、なんとなく妙な違和感を覚えている。
以前戦ったことのある「魔王の分身」は、人外の姿になることでその力が増していた。そしてそれを、直感することができた。
「ルフィ!何ぼうっとしとんのや!?」
…へ?
ダルに声をかけられ、慌てて私は大きく後ろに跳び退る。
…後ろに飛ぶ癖、直しといた方が良いかも…
何てことを思いつつ、私は今まで自分のいた場所に目を向ける。
ちょうど、私の首のあった辺りだろうか。「カンヅ」の爪が、横一文字に通り過ぎていたのは。
「うっわ…。」
ダルに声かけられなかったら、今頃胴体と首が別々のパーツに!?いや、不死者だからしばらくくっつけとけば元に戻るけど!それでも痛いものは痛いし!しばらくの間は確実に貧血で弱るし!
『ほほう?よけましたね。』
楽しそうな声を上げて「カンヅ」は言う。
『不死者なのですから、避けずとも良かったのでは?ルフィ殿?』
「…敵の攻撃を喰らうのは、傭兵として…って言うか、剣士としての恥だわ。」
『なるほど。しかし…』
ゆっくりと、目の前の「カンヅ」が手を前に掲げる。
『この攻撃、かわせますか?』
性懲りもなく爪攻撃かっ!?
かと思いきや。奴の手の中に無数の光球が生まれ、奴を守るかのように展開した!
しかし光球の大きさは一個あたり親指の爪くらいのもの。防御の役に立つとは思えないほど隙だらけである。とは言っても、その数はハンパじゃないんだけど。
「それのどこが攻撃だ!」
叫んだのは…ラギス。
…ああ、すっかり彼の存在忘れてた。
今までどこにあったかは知らないが、彼の体躯にそぐわない大振りの剣をもって、奴に斬りかかる。
いけるかと思ったその刹那。耳障りな音と共に、ラギスの体が大きく吹き飛んだ。
「な……っ?」
声をあげたのは誰だっただろうか。「カンヅ」は手をかざしたまま一切動いていない。
何が起きた?ラギスは、曲がりなりにも竜族である。小柄な少年の姿をしているが、体重は竜の時と同じはず。それが、吹き飛ばされるなんて。
『何か、なさいましたか?』
再び嘲笑が聞こえる。
地の底から響くような声での嘲笑が。
…馬鹿にされるのって、結構ムカつくのよねえ。
「…ダル、奴の生み出した光球の正体、見当つく?」
「せやな…目ぇには見えへん何か…たぶん衝撃波やろうけど、そう言ったもんを周囲に展開してるんやと思うわ。」
「光球はその『中核』って訳?」
「やと思うで。でないと、ラギス君が吹き飛ばされた理由が説明できひん。」
「僕も…そう思います。」
最後に感想を述べたのは、他でもないラギス。
所々服が破れてはいるが、大きな怪我はない。
…まあ、あくまで見た目は、なんだけど。
「派手に吹き飛ばされたものの、大した攻撃ではありませんでした。…ドラゴンである僕からすれば、ですが。」
なるほど。それはつまり、人間ならひとたまりもないって事ね。
「あのデビルを倒すには、その周囲の光球…というか衝撃波の壁をどないかせんとあかんっちゅー訳やな。」
「そう、なります。」
…さて、どうするべきか。
馬鹿にされっぱなしなのは癪だけど、打つ手が無いのもまた事実。
ちょいと光球をこっちに向かわせれば、奴は手をかざしたままで私たちを倒すことができる。
それがわかっているのか、奴はこっちを見たまま、微動だにしない。…って言っても目とか無いから視線の先が定かじゃないんだけど。
…でも…いくらデビルだからって、あんなふうにまったく動かないモノか…?
そもそもあの黒卵顔が「カンヅ」だと思ったのは、奴自身が言ったからで…
つまり私の感じていた違和感の正体は…
「ラギス!光球に向かって『竜の息吹』!ダルはその直後に光球に神聖魔法ぶちかまして!」
「え、あ?は、はい。」
「邪滅迅雷でええんやな?」
「十分!」
私の考えを知ってか知らずか。ダルが呪文を詠唱し始める。
同時に今まで余裕をかましていた「カンヅ」がうろたえた様な声をあげた。
『む、無駄だ!その程度では…』
「無駄かどうかは、もうすぐわかるわ。」
私が言うのと、ラギスが咆えたのは同時だった。
ラギスの息吹は、光球の生み出す衝撃波にいくらか威力を弱められていたものの、大半の光球に命中。
「ああっ!カンヅには当たらなかった!」
少年の姿をした竜は悔しそうに声をあげるが、それはダルの放った邪を滅すると言われる雷の音にかき消される。
雷も、竜の息吹同様に威力を減殺されてはいたが、それでも光球を叩くには十分だったらしい。
しかし光球は、それでもよろよろと「カンヅ」の周囲を飛び回っている。
「あかん!破壊でけへんかった!」
「予想の範疇よ。というか、予想通り!」
言いながら、私は真っ直ぐ光球に向かって剣を突き出す。
ラギスとダルの攻撃が効いているのだろう。光球の放っている衝撃波は、初めに比べてかなり弱っている。
「その程度の衝撃、効かないわね!」
叫びながらいくつかの光球を一閃。
がぎ。ぎ、ぎ、ぎん。
剣の切先が光球に当たった瞬間。
なんとも情けない音と共に、斬られた光球たちはその場で塵と化した。
『ぎああああああっ』
相変わらず地の底から響くような声で、しかし今度は嘲笑ではなく悲鳴をあげる「カンヅ」。
「…え…?」
「本体には当たってないのに?」
ダルとラギスが不思議そうな表情を作る。
まあ、気持ちはわかるような気がする。私としても、正直これは賭けだったし。
「当たったのよ、『本体』に。そうでしょう?カンヅさん?」
言いつつも私は光球を斬り飛ばすことをやめない。
光球が斬られる度、カンヅの悲鳴があがる。
「これで…終わり!」
最後に残った光球を斬り…ついでに手を掲げたポーズのまま動かない黒卵顔も縦一文字に斬る。
全ての光球は塵と化し。
黒卵も煙のように掻き消えた。
…これが、ある王国を危機に陥れた悪魔の…あまりにもあっけない最期であった。