第2章:旅人、食の街にて
食の街、エッセントーイ。「街」と言われているが、実際は国王が治める小国家である。故にこの街には「シティ」が付かない。
二つ名の通り、ここは食文化が非常に栄えており、季節を問わず何らかの名物料理にありつけるため、かなりの観光客でにぎわっている。…のが普通なのだが。
「…何か…静かだな。」
ダルの言うとおり、今のこの街は活気がない。観光客と思しき人はまばらで、どの店もほとんど閉まっている。
「…あんたたち…旅の人?」
「え、あ、はい。そうですけど…」
近くにあった店の店主さんだろう。エプロン姿のよく似合うおっちゃんが、私達に声をかけてきた。今のこの街同様、元気がない。どことなく疲れている感じが漂っている。
「悪いねえ…今、この国はごたついてるから、商売どころじゃないんだよ。」
「…はあ。」
すみません、今お金ないからそもそも食事ができません。
心の中で詫びつつ、おっちゃんの言葉に適当な相槌を打つ。その刹那。
ぎゅううううう。
情けない音が響く。
「す…すみません!ここ1週間、何も口にしてへんから…鳴ってもうたんです。うわ、僕恥ずかしい!」
音の主…ダルは恥ずかしさからか、ごまかすように変なアクセントで弁解する。
彼は、気が昂ぶるとこんな言葉になるのだそうだ。
「そりゃ大変だ。…賄でいいなら、今すぐご馳走できるよ。」
「あ、いえ。私達今無一文で…」
「なお更!この街のモットーは、『楽しい食事を届ける』だ。無一文だろうが何だろうが、餓えている人を放っておく事はエッセントーイに住む者の恥!」
言うが早いか、おっちゃんはダッシュで店に入り、奥でなにやら作り始めている。
「…いやあ…ええ人やんなあ。」
ダルも誘われるようにおっちゃんの後を追って店に入る。慌てて私も店に入り…そして見た。
さっきまでの疲労感はどこへやら。鍋を振るうおっちゃんの顔は、明らかに生き生きとしていた。
店の中に良い香りが漂う。香草の醸し出す香りだろう。香りだけでも満腹中枢を刺激されているような気がする。
「お待たせ。残り物のシフの身を使ったチャーハンだ。」
「ありがたく頂きます。」
感謝の気持ちを表し、出されたチャーハンを一口頬張る。
……………
「おいしいっ!」
「うまっ!」
私とダルが、ほぼ同時にいった。
あまりのおいしさに思わず思考が一瞬停止したし。
「シフて僕初めて食べたけど、こんなにあっさりした魚やねんな!」
「シフはこの時期産卵を終えて、余分な脂が落ちて旨くなる。だからこの時期が旬なのさ。」
「それにこの香草…何を使っているんですか?はじめての味わいですけど。」
「ああ、それはブレハだよ。」
「ブレハって、あの野草!?」
ブレハ…どこにでも生えている野草であるが、それゆえに苦味も強いし香りもない。
それが…調理法1つでこんなにも爽やかな風味を醸し出すものになるとは!
「この街…いや、この国の人間は、どんなものでも最高の食材として扱う。そのための研究だって惜しまない。」
「…食の街、と呼ばれるだけの事はありますね。」
「まあ、一番の喜びは、客がおいしそうな顔で自分の料理を頬張ってくれるのを見ることだけどな。」
にこにこ笑いながら、心底幸せそうにおっちゃんが言う。
だが、わからない。
正直な話、この街が寂れたように見えるのは、料理の質が落ちたからだと思っていたのだが、そういう訳でも無さそうである。
では、何が…?
「…今、この国はお家騒動の最中にあるんだ。」
ぼそりと、おっちゃんが呟く。
「第1王位継承者のツニル殿下と、第2王位継承者のダッシャー様、そして第3王位継承者のカンヅ様。この3人が、互いに護衛を雇い、牽制しあっている。」
「ふうん…」
「ツニル殿下はまだマシな方さ。王宮にいるだけなんだから。けれど残りのお2方が…」
「表に出て、目に見える形で争っている…と?」
私の言葉に、おっちゃんはこくんと肯いた。
成る程。確かにお家騒動真っ只中の場所に観光に来るほど、命知らずな事はない。
「ルフィ。…何考えてるか当てようか?」
「どうぞ。」
「王位継承者の内の誰かに雇われようと思ってる。」
「ちょっとはずれ。」
いたずらっぽい笑みを浮かべ、私はダルに宣言した。
「誰か、じゃない。ツニル王子に、雇ってもらおうと思って。」