【序】執着の龍と、組紐なき手紙
お読みに来てくださりありがとうございます、本日から新連載を開始します。
学生の時に歴史のノートに書いていた草案をもとに作った好きを詰め込んだ作品です。
もしお気づきの点や、感想がございましたら「リアクション」や「ご感想」をいただけると嬉しいです。
凍てつく渭北の仮宮には、常に骨を刺すような底冷えが淀んでいる。
豪奢な天蓋が下ろされた寝台の奥から、微かな衣擦れとともに女の規則正しい寝息が漏れ聞こえてきた。
分厚い毛皮の褥に沈み、無防備に眠りについている女の存在が、ひどく異物のように感じられる。
部屋の空気を満たす、麝香と鉄の重苦しい匂い。
それが鼻腔を塞ぐようにまとわりつき、息を吸うことすら億劫にさせた。
だが、劉彪は寝台へは戻らない。
「……身体は、くれてやる。だが、ここだけは……誰にも渡さぬ」
誰に聞かせるでもない低い呟きを、凍りつくような暗闇に溶かす。
彼は寝台から遠く離れた、部屋の片隅に置かれた硬い長椅子へと身を投げ出した。
張り詰めた冷たい革の質感が、熱を失った背中から容赦なく体温を奪っていく。
それでも、あの女の隣で温かな毛皮に包まれるよりは、この凍えるような孤独の方が遥かに息がしやすかった。
重い玄衣の懐から、震える指先で一通の書状を取り出す。
幾度も、幾度も読み返し、そのたびに縁が擦り切れていく粗末な布片。
かつて、南の温かな風の匂いと共に届けられていたそれには、必ず彼女の細い指で編まれた小さな『組紐』が同封されていた。
しかし、今、彼の手の中にある絹布には、ただ冷たい虚無だけが記されている。
あの愛しい組紐が、すげなく抜き取られていたのだ。
――捨てられた。
その事実だけが、鋭い刃となって劉彪の胸の奥を何度も、幾度も抉り回す。
指先に触れる、紐の結び目すらない平坦で冷たい絹布の感触。
それが、どうしようもなく彼を狂気的な絶望へと引き摺り込んでいく。
「……鸞……」
ひび割れた乾いた唇が、音の無い名前を呼ぶ。
泥を啜り、鉄の味に塗れたこの口で、いつか再び君の淹れた香り高き花茶を飲むことだけが、俺の生きる全てだったというのに。
暗く冷たい長椅子の上で、ただ独り、天下を望む雄虎は身を丸め、致命傷を負った獣のように声なき絶望の息を吐き出した。
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