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死んだ人に手紙を送れる郵便局の話  作者: ハル


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第九話 最後の手紙

第九話になります。

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。


この話では、少年に届いた「最初の手紙」と、それを受け取った少年の変化を中心に描いています。

少しずつ明らかになっていく少年の存在理由や、消えかけている記憶にも触れていく回になっています。

翌日。


 郵便局の中は、いつものように静かだった。


 窓から差し込む光が、机の上を柔らかく照らしている。


 私はカウンターの奥で、帳簿を整理していた。


 紙をめくる音だけが、小さく響く。


 そのとき。


 カラン。


 扉の鈴が鳴った。


「ただいま」


 聞き慣れた声だった。


 顔を上げると、少年が立っている。


 いつもと同じように、少し気だるそうな顔をしていた。


「おかえり」


 私が言うと、少年は軽く手を振った。


「今日もちゃんと配達してきた」


 そう言いながら、カウンターの前の椅子に座る。


 椅子をくるりと回して、天井を見上げた。


「……なんかさ」


 少年がぽつりとつぶやく。


「最近、変なんだよね」


「変?」


 私が聞くと、少年は少し眉をひそめた。


「うん」


 そして額に手を当てる。


「配達して帰ってくるとさ」


「なんか……ぼーっとする」


 私は何も言わずに聞いていた。


 少年は続ける。


「前はさ」


「どこに配達したか、ちゃんと覚えてたんだよ」


 椅子を回しながら、少し笑う。


「でも今は」


「帰ってくると、半分くらい忘れてる」


 その言葉に、胸が静かに痛んだ。


 少年は気づいていない。


 けれど私は知っている。


 それがどういう意味なのか。


 少年は窓の外を見た。


「まあ、別に困らないけど」


 軽い口調だった。


 まるで、本当に気にしていないように。


 私は少しだけ迷ってから聞いた。


「……怖くないの?」


 少年はきょとんとした顔をする。


「何が?」


「忘れていくこと」


 少年はしばらく考えてから、肩をすくめた。


「うーん」


「まあ」


 少し笑う。


「配達終わるだけでしょ」


 その言葉に、私は言葉を失った。


 少年は机に肘をつく。


「そういうもんなんじゃない?」


「役目が終わったら」


「終わり」


 軽く言う。


 けれど、その言葉はやけに重く聞こえた。


 私は机の上を見る。


 そこには一通の封筒が置かれていた。


 白い封筒。


 まだ誰にも渡していない手紙。


 少年はそれに気づく。


「……あれ」


 椅子を止めて、封筒を見る。


「新しい手紙?」


 私は小さくうなずいた。


「ええ」


 少年は手を伸ばしかけて、止めた。


「誰宛て?」


 私は一瞬だけ迷う。


 そして言った。


「……まだ秘密」


 少年は少し笑った。


「またそれ?」


「だって面白いじゃん」


 私は苦笑する。


 少年は封筒をじっと見ていた。


「でもさ」


「なんか」


「これ……」


 私は顔を上げる。


「どうしたの?」


 少年は少し首をかしげた。


「変な感じ」


「変?」


「うん」


 封筒を見ながら言う。


「これ」


「なんか」


「知ってる気がする」


 私は息を止めた。


 少年は自分でも不思議そうな顔をしている。


「おかしいよな」


「初めて見るはずなのに」


 封筒から目を離して、私を見る。


「どこから来た手紙?」


 私は少しだけ微笑んだ。


「さあ」


「どこからでしょう」


 少年は呆れたように笑う。


「絶対知ってるでしょ」


「まあね」


 私は封筒を手に取った。


 指先で、宛名の部分をなぞる。


 そして思う。


 この手紙は――


 きっと。


 最後の手紙になる。


少年はまだ封筒を見つめていた。


「ねえ」


 ふと、少年が言う。


「これさ」


「今すぐ配達するの?」


 私は少しだけ首を振った。


「いいえ」


「今日はまだ」


 少年は少し不思議そうな顔をする。


「珍しいね」


「いつもならすぐ渡すのに」


 私は封筒を机の上に戻した。


「たまにはいいでしょ」


 少年は肩をすくめる。


「まあいいけど」


 そう言って椅子から立ち上がった。


 窓の外を見る。


 夕方の光が、町をゆっくり染めていく。


 少年はぼんやりと外を眺めながら言った。


「今日さ」


「変なこと思い出した」


 私は顔を上げた。


「思い出した?」


「うん」


 少年は少し困ったように笑う。


「でも、思い出したっていうか」


「……思い出しかけた?」


 私は何も言わない。


 少年は窓枠に肘をついた。


「雨の音」


「それと」


「雷」


 胸が小さく揺れた。


 少年は続ける。


「なんかさ」


「すごい雨の日だった気がする」


 少し笑う。


「でもそこから先、全然思い出せない」


 私はゆっくり息を吸った。


「怖い?」


 また同じ質問をする。


 少年は少し考える。


「……うーん」


 そして首を振った。


「別に」


「思い出さなくてもいい気がする」


 そう言って、少年は振り向く。


「どうせ」


「配達終わったら忘れるんでしょ」


 軽い声だった。


 でも私は、その言葉が胸に刺さった。


 少年は机の上にある封筒を見る。


「でもさ」


「これ」


 指を差す。


「本当に最後かもね」


 私は静かに聞いた。


「どうして?」


 少年は少し笑う。


「なんとなく」


「そんな気がする」


 私は何も言えなかった。


 郵便局の中は、夕方の光で満たされている。


 時計の針が、小さく音を立てる。


 少年は伸びをした。


「今日はもう配達ない?」


「ええ」


「じゃあ」


 椅子に座り直す。


「少し休憩」


 そう言って目を閉じた。


 まるで本当に疲れているみたいだった。


 私はその横顔を見る。


 静かな寝息が聞こえる。


 少年は、眠っていた。


 私は机の上の封筒を手に取る。


 白い封筒。


 宛名を指でなぞる。


 震えそうになる手を、そっと押さえる。


 この手紙を渡したら。


 きっと。


 本当に終わる。


 私は少年を見る。


 眠った顔は、どこか幼かった。


 初めて会ったあの日と、同じ顔。


 雨の公園で出会った、あの少年。


 私は小さくつぶやく。


「……ありがとう」


 まだ届いていない言葉。


 けれど。


 きっと、この手紙が届けてくれる。


 私はそっと封筒を机の上に戻した。


 そして決めた。


 この手紙を――


 明日、渡そう。


気づくと、窓の外はすっかり暗くなっていた。


 郵便局の灯りだけが、静かに室内を照らしている。


 私はしばらくそのまま、少年の寝顔を見ていた。


 規則的な寝息。


 無防備な表情。


 その姿を見ていると、胸の奥が少しだけ痛くなる。


 やがて時計の針が、大きく音を立てた。


 夜はゆっくりと過ぎていく。



 翌朝。


 窓から差し込む光で、私は目を覚ました。


 机に伏せたまま、いつの間にか眠っていたらしい。


 顔を上げる。


 郵便局の中は、朝の静けさに包まれていた。


 そして――


「おはよう」


 少年の声がした。


 カウンターの上に、いつものように座っている。


 まるで最初からそこにいたみたいに。


「……おはよう」


 私は小さく答えた。


 少年は大きく伸びをする。


「よく寝た」


 そして机を見る。


 封筒に気づいた。


「あ」


 少し笑う。


「昨日の手紙だ」


 私は封筒を手に取る。


 指先が、ほんの少し震えた。


 少年は気づいていない。


「今日配達?」


 私はゆっくり頷く。


「ええ」


 少年は立ち上がる。


「じゃあ」


 軽く手を差し出した。


「預かるよ」


 その手を見た瞬間、胸が強く締めつけられる。


 これを渡したら。


 きっと――


 終わる。


 私は一瞬だけ目を閉じた。


 そして、封筒を差し出す。


「お願い」


 少年は何も疑わずに受け取った。


 封筒を軽く振る。


「軽いね」


 少し笑う。


「まあ手紙だし」


 そして私を見る。


「誰宛て?」


 私は答えた。


「……大切な人」


 少年は少しだけ首をかしげた。


「へえ」


 でも、それ以上は聞かなかった。


「じゃ」


 少年は封筒をポケットに入れる。


「行ってくる」


 私は小さく頷いた。


「いってらっしゃい」


 少年は扉に向かう。


 そして、いつものように振り向いた。


「すぐ戻るよ」


 そう言って、笑った。


 扉が開く。


 朝の風が、郵便局の中に流れ込む。


 少年の姿が外へ出ていく。


 そして――


 扉が閉まった。


 静寂が戻る。


 私はその場に立ったまま、しばらく動けなかった。


 やがて、ぽつりとつぶやく。


「……ありがとう」


 誰にも届かない言葉。


 けれど。


 きっと、届いている。


私はその場に立ったまま、動けなかった。


 胸の奥で、分かっていた。


 もう。


 あの子は――


 戻ってこない。

第九話を読んでいただきありがとうございました。


少年に届いた手紙。

それが誰からのものなのか、そしてなぜ今届いたのか。

少しずつ物語の核心に近づいてきました。


この郵便局のルールや、少年が四十九日を過ぎても現世にいられる理由も、最後の話で大きく関わってきます。


次回、一章最終話です。

少年が最後に届ける手紙、そして彼の結末まで描きます。


もしよければ、最後までお付き合いください。

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