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第20話 家族②

 そっか……そりゃあ、そうだよね。

 心の中では解っていた。

 私は形は家族であっても、中身はただの他人に過ぎない。

 自分を信頼していなくても、当然の話だった。

 だが、理解はしているがそれでも、それでも真夏は悲しかった。

 温かな思い出が、心に深く染み込んでいく。


「私は……信頼しているって思ってたのに……」


 小さな呟きだったが、そこには彼女の想いが滲み出ていた。

 真夏は、無意識の内に涙が零れてしまった。

 一滴、零れると、二滴目がすぐに溢れ出てしまう。


「どう……して」


 旅行もして新しい友達も出来て、短い時間だったけれど充実していて、それはもう家族の域にさえ上る程に。

 反芻される湊の言葉に、真夏はやはり息が苦しい。

『信頼していない』

 下を向いたまま真夏は歩き始める。

 雑音。

 耳朶にこだまするそれは、彼女の思考を鈍らせた。

 それはまるでイヤホンで爆音音楽に陶酔しているかのように。

 そこに、トン、と優しく真夏の肩に振動が走る。


「……?」


 真夏は後ろを振り向いた。

 その時、真夏はフードが捲れて日本では目立ってしまう白銀の髪が靡いていることに気が付いた。


「お姉さんお姉さん」


 真夏の視界に映るのは三人組のちゃらちゃらした大学生らしきグループだった。

 その内の一人が薄笑いを浮かべながら、真夏にそう声を掛けた。


「?」

「これからオレさ、昼食取りに行くんだけどもし良かったら一緒に行かない?」


 言っている意味が解らなくて、ただただ不快と真夏は眉根を寄せた。

 すると、残りの二人が、

「いいじゃんいいじゃん」

「行こうよ~」

 と声を掛けて来る。

 真夏はようやく自分はナンパされていると知り、焦燥感を抱く。

 創めたな上に、どう対処すればいいのか解らないからだ。

 取敢えず、謝ればいいのだろうか。


「ごめんなさい」


 するとしびれを切らした一人が真夏の肩をポンと手を置いて、


「まーいいからさ、駄目?」


 肩に重みが掛かった瞬間、真夏の頭に、過去の嫌な記憶がフラッシュバックした。

 そして思わず、


「触らないでください!」


 どんっ! っと放たれた真夏の言葉に三人組の男子グループは狼狽えた。

 周囲の目が、真夏に移ろう。

 泣きはらした目に、てきとうに散らばった髪。

 恥かしい姿を見られたくない彼女は膝を曲げて、顔面を太股に埋めた。


「ちょオマ、何やってんの」


 慌てる男たち。

 三人は彼女を囲い、手を伸ばす。

 不気味な気配が近づいてくるのを感じ、真夏は目を強く瞑った。

『どうか、これ以上嫌な思いをさせないでください』

 そう願った、瞬間だった。


「ちょ―――ッ‼」


 聞き覚えのある声が真夏の鼓膜を震わせた。


「ンっ?」


 その場に居合わせた四人全員が、素っ頓狂な呟きを洩らす。


「ちょっと‼」


 湊は真夏の元まで走り来ると、ぜえぜえ呼吸しながら、


「すい、ませ、ん……はぁ、はぁ……彼女は僕の家族なんです。だからナンパとか困ります!」

「いや、別に強要してないし? お前、薬やってる?」


 確かに、今の湊は全身がプルプル震えている上に、声が上ずっている。

 それに赤面しているときた。

 湊はそれを自覚していない為、


「いや、してないですけど……?」


 意味が解らず語尾に疑問符を浮かべながら言うと、真夏をナンパして来た三人は共に顔を見合わせた。


「あっそう。なんか、注目されてっぞ。行こうぜ」

「ああ」


 そうして事を荒げずに、去って行った。

 ……数秒が経過して、周囲から落ち着いた雰囲気が醸し出され始める。

 湊はしばらく呼吸を整えるのに必死だ。

 その分の時間、二人はその場にじっと立ち尽くしていた。

 真夏はイライラしていた。

 彼は『信頼してない』と言った。

 そう言っておきながら、『家族』という立場を利用する彼に心底腹が立った。

 確かに状況が状況な為、必要な言葉だったかも知れない。

 それでも真夏は、許せなかった。

 そして、湊は口呼吸を鼻呼吸に変えた所で口を開いた。


「なあ、秋葉原に行くなら俺にも言ってくれれば良かったのに」

「……」

「ん、どうしたんだ、真夏?」


 湊が横に呆然と立ち尽くす彼女を見る。

 真夏の顔は、眉を八の字にして、透き通る美しい素肌をほんのりと赤くさせていた。


「どうしたんだ?」


 すると。


「…………じゃ、ないもん……」


 震えた声音で、両手に握り拳を作る真夏。


「ん? なんて?」

「だからッ‼」


 ドンッ、と右足を湊の方向に強く踏み込み、


「家族じゃないもん‼」


 こんなにも大きな声で叫べたのか、というくらいに彼女は叫ぶ。


「ふんッ‼」


 彼女は鬱憤を晴らすように強く鼻息を吹いて、その場から立ち去っていく。

 湊は呆然と立ちつくした。


「え……どう、して?」




 どうして私がこんな目に遭わなければいけなかったのだろう。

 どうして私はこんな性格で、こんな顔で、こんな環境で、生まれてきたのだろう。

 そして――


「どうして……」


 閑散とした侘しい公園のブランコで、彼女は一人、涙を流した。

 ここがどこかもわからないが、かなり遠くまで来たのは分かる。


「あんなこと言っちゃったんだろう……」


 鼻を啜った。

 呼吸のリズムがつかめない。


「信頼していない、かあ」


 投げやりに放った言葉が、空気に溶ける。

 湊の助手をしてから、毎日が楽しいものであふれていた。

 心に負った傷も、微かに癒された感覚だってあるほどに。

 だから、一時の感情に任せて言うべきじゃなかった。

 後悔がやまない。


「でも、でも」


 地面をばしばしと叩く。


「先生だって悪い!」


 そして漕ぐ!

 前後限界点にいく度、きしむ鉄の繋ぎ目を訝しむ。

 右往左往する感情を、揺られる身に預けた。

 暫くの間、ブランコを漕いでいるうちに、気持ちが穏やかになってきた。

 確かに私も悪いし、先生も悪い。

 だから、もうそれはそれでいい。

 悩みに終止符を打ち、頭を掲げる。

 ……あの記憶も、こんな風に終止符を打つことができたらな。

 でも、きっとそれは無理だ。

 粘りつくようなメモリーにデリートは叶わない。

 続いた嘆息が止んだ。


「そう、だよね」


 うじうじしていても、何も変わらない。

 時間はかかったけれど、それに、ようやくと気づくことが出来た。

 すでに陽が落ちかけていた。

 華麗なジャンプを決めて、帰路についた。

 また明日、謝ろう。

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