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第21話 家族③

「んー、どうしたものかなぁ」

「これはこれは、岐路に立たされましたね〜」

「うるせっつの」

「俺たちの話、聞かれてたかもね」

「そうだろうなぁ。じゃないとあんなこと言われないからな」

「行くといいよ。俺はもう用事は済んだし」

「行けばって、どこにだよ」

「そりゃあ、湊が一番知ってるんじゃないの?」

「はあ、なんだそりゃ……」


 でも、あるとするならば。

 湊は首に右手を置いた。

 はあ。


「ありがとう、行くよ」

「じゃあ貸しで」

「なんでだよ」

「カフェ奢ったの俺だしぃ?」


 明らかに調子にのっている優作。

 湊の状況を見て、さぞかし楽しんでいるに違いない。


「アニメ化作家様はお金持ちで助かるなぁ」

「な、なんだよ」

「それともGパパ活動って――」

「俺たちっていい友達だな! 今回のことは気にするな、俺のおごりだよ!」


 初めて見る優作の焦り様に湊は笑いを禁じ得ない。


「ははっ」

「ってか、よく思いつくなそんな言葉。想像した自分がいて、本気で焦った」

「いや、ここらでは珍しい話でもなさそうだしな」


 湊が視線を向けた先には、明らかな年齢差があるにも関わらず、ぺたぺたと密着しながら歩く男女の姿があった。


「ま、まあ仲直りしときなよ」

「どうも」

「じゃあね~」

「お~」


 湊は去っていく優作の後ろ姿を見ながら、


「行くか。嫌だなぁ……」


 憂鬱な顔の湊がつぶやいた。

 彼が向かったのは、所謂『実家』だった。

 ちょうど学校が終わる時間帯だったのか、多くの学生に揉まれ、やっとのことで駅を降りて、改札口を通る。

 たったこれだけのことで辟易する。


 ――俺に会社員は無理だろうな。


 バスに乗り、実家の近くまでたどり着き、家の前。

 見事な一軒家の扉に、うじうじしている不審者が一人。

 まあそれは仕方のないことだった。

 ……インターホンって、こんなに怖いものだったか。

 時計の針が、十分程経過したとき。

 聞き覚えのある声が湊を振り向かせる。


「……え、先生?」

「……真夏」


 やはり、気まずい空気が立ちこむ。

 二人の視線が交錯したかと思えば、すぐに離される。

 各々何か喋ろうかと思えど、言葉が出ない。

 沈黙の中、湊が真夏へと近づく。

 お互い真剣な眼差しだった。

 三歩手前に来たところで、湊が腰を深く折り曲げた。


「さっきはすまなかった。信頼していないっていうのは、言葉の綾で……そのなんていうか」


 湊に社会人としての謝罪の仕方なんて知ったこっちゃない。

 だから、彼の言葉で、彼のやり方で精一杯謝った結果がそれだった。


「ふふっ……先生、少し歩きませんか?」


 力を込めて瞑っていた湊の瞳が露わとなる。


「……ああ、そうしよう」


 近くの自動販売機にて、ソフトドリンクを購入して手渡す。


「ほい」

「ありがとうございます」


 湊は缶を振り、爪にプルタブを引っ掛け、ぷしゅっと開ける。


「……先生、私、爪切ったばかりで……その」

「そ、そうか。貸してくれ」


 白く、細長い指が湊に迫る。

 ぶつかり、真夏は勢いよく手を引っ込めた。

 まるでそれは、湊の手に触れるのが不快のように。


「あっ……ごめんなさい」

「いや、きにするな」

「でも」

「ほら」

「わあ、ありがとうございます」


 美味しそうに飲む姿は、まるで幼い子供だ。

 忘れていたかのような真夏の笑顔は湊をも笑顔にする。

 湊はドリンクを味わいながら、道先を眺める。

 夕日が沈み、夜の帳が落ち始めていた。


「なあ、真夏」

「はい?」

「お前に何があったかは知らんが」


 珍しい銀髪に流麗な四肢はモデルそのもの。

 男性に対し、何かあったとしても不思議ではない。

 湊はそれでも、ろくに学校に通えず、真夏を怯える生活に仕向けたやつが許せなかった。

 事情はしらない。

 けれど、何かあったのは間違いない。


「……いや、なんでもない」


 言いかけた湊の口が、閉じた。

 それを言う権利を、家族と思われていない今の湊が持ち合わせていると思えなかったから。


「そう、ですか……」 

「もう、戻ろう」

「はい」


 家の前まで着くと、家の敷地内に入る手前で、真夏が止まった。


「先生……私も悪かったです。ごめんなさい」

「……」

「先生?」 


 ……おかしいな。どうして、俺はこんなにも、胸が痛いんだ。 


「どうして、そんな顔をするんですか」

「……今日はもう帰る」

「あ、ちょっと待って」


 伸ばした真夏の指が、湊の服をつまむ。


「?」


 振り返ると、いつもの笑顔が、言った。


「また家に行ってもいいですか?」


 ――せめて、せめて俺だけでも、彼女の味方でいたい。

 ただそう思えた。

 この笑顔が、続くのならば、湊はいくらでも協力したいと思う。


「ああ、もちろんだ」

「じゃあ、仲直りってことで」

「だな。……また」

「はい、また」


 去ろうとする湊の背中に、再び、声が掛かった。

 あまり、好きではない声音。

 不思議だ。

 音というのは、意外にも忘れっぽくて、忘れづらい。


「湊、待ちなさい」


 そう。

 それは湊の実の父親、神楽坂宗次の声だった。




「クソ親父と話すことなんて、なんにもない」


 湊は振り返りもせず、呟くように告げた。


「なんだその口調は。少し面を貸しなさい!」


 背後からの怒号など、恐るるに足らない。

 湊は相も変わらない宗次を笑った。


「あははっ。また更年期か? いい薬紹介してやるよ」

「お前はまたそうやって! ……はあ、まあいい。少し上がっていきなさい」


 このままでは埒が明かないことに気づいた宗次は、湊を手招いた。

 無論、湊からは見えていない。


「いや、今から帰る」


 少しの間沈黙が続いたと思えば、宗次は湊をまじまじと見つめていた。

 久しぶりの宗次の姿に、湊は息を呑んだ。


「……随分とやせたな。ちゃんと食えてるんだろうな。だから俺は小説家なんてものには」


 瘦せているのは、宗次も同じだった。


「それ以上は言うな。本気で嫌いになるかもしれない」

「……」

「神楽坂さん……またの機会にしませんか?」


 真夏は宗次をつつき、年老いた顔を見上げた。


「……ああ」

「先生も、また」

「ああ」


 湊はその場を収めてくれた真夏に感謝しながらも、その場を去った。

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