第13話 北海道旅行③
辺りは暗くなり、二人は最後にJRタワーの上階までエレベーターで移動。
煌びやかに輝く景色が、地平線まで続き、見るだけで心が癒された。
本当に、美しい景色だった。
「湊先生」
なんとなく、ふんわりとした声音だった。
「どうした?」
ふと、横に立つ彼女を見た。
真夏の瞳は涙が零れそうな程、溜まっていた。
溢れそうになって、それでもそこに留まり。
そして、彼女はとうとう吐き出した。
「私、湊さんに出会えて、本当に良かったです……」
涙を流す。
大きな大きな涙粒が、ぽろりぽろりと彼女の白い頬に伝っていく。
幸せそうな笑顔に、湊は家族として嬉しく思った。
ただ、彼女はいつか、一人で旅立たなければならない時が来る。
そうだ。
――ああ。あいつらも、そうなんだ。
一人で旅立たなければならないんだ。
きっと悲しいだろう。
それでも前を向いて、強く生きる。
それが、あいつらの夢を叶える時の代償だから。
「何があったのかは解らんが、時には辛い事から逃げて良いんだ」
「……はい」
二人は、夕食にジンギスカンを食べてホテルに戻った。
湊のキーボードの打つ手が、ようやくと動き出した。
――トントン。
湊は真夏が部屋の扉にノックしたのに気づいた。
キーボードの打つ手を止め、
「もうこんな時間か……」と、呟く。
時刻は、午前七時半。
あまりの時の流れの速さに驚きつつ、扉を開け、
「少し待ってくれ……って、すごい似合ってるぞ」
真夏は頬を赤く染め、
「ありがとう、ございます」
真夏がいま着ている服は昨日購入した服装で、格好いい制服のようなものだった。
臙脂色に被さるコートが相俟って、彼女を知性的に見せていた。
「すまんな、すぐシャワー入る。部屋で待っててくれ」
熱いシャワーを浴び、ものの十分程度で湊は上がり、リュックの中に入れてきた服を着る。
一睡もしていないが、窓から差し込む光で脳が冴えたようだった。
今度は湊が真夏の部屋にノックする。
「改めて、おはようございます。湊先生」
扉を開けた真夏は、凛とした佇まいで挨拶する。
「おはよう……真夏も眠そうだな」
真夏の目の周りには薄い隈ができていた。
「はぃ、そうなんです。ちょっと本を読んでて寝るのが遅くなっちゃって」
彼女は昨日、部屋で別れる前に手渡した湊の本を読んでいたのだろう。
湊は得も言われぬ顏で「そうか」と呟く。
「ところで真夏は行きたいところとか無いのか?」
「すいません、昨日も言いましたが、初めて来る場所なので何とも……」
「そうか、なら俺が行きたいところに行ってみてもいいか?」
「勿論です」
二人は穏やかに、落ち着いた会話を成立させている。
お爺さんとお婆さんが仲良く暮らしているような、そんな雰囲気さえ漂っている。
彼、彼女はそのことに、全くと言って良い程気付いてはいないが。
「今日の夕方に飛行機の予定だから、取敢えず荷物だけ纏めてくれ」
「はい」
楽しみだろうという期待を胸に、はつらつと真夏は頷いた。
湊は微笑し、部屋に戻った。
札幌駅から電車に揺られ、手稲駅を目指すことにした二人。
月曜日といえども、少し遅めの時間帯だから、社会人、高校生と思える人物はほんの僅かしか居なかった。
「いいだろ? みんな学校行ってるのに自分は旅行っていう優越感は」
「……そんなことは、なくもない、ですね」
湊は意地の悪い笑みを浮かべ、
「帰ったら自慢でもしてやれ」
「ですね」
目的地の手稲駅に着く。
切符を通して、二人は改札口を出た。
「ところで先生。ここは最終巻の大事な場所ですか?」
「いや、最終巻は大体朝に終わった。これはただの散歩だ」
その言い分に、真夏は懐疑心を顔に露わにさせた。
「ただの散歩をする為に、ここまで来たんですか?」
「その通りだ」
「そうですか……」
手稲駅の人々の流れを逆流し、二人は外に出る。
「……腹減ったな」
真夏は黙ってコクリと頷き、同意を示した。
「なら……」
湊はスマホで近くにあるファストレストランを探し、すぐの所に全国的に展開されている本格コーヒー店があった。
まあ、北海道特有の料理は結構食べたのだから、もういいのだろう。
二人はせっせとその店に向かった。
店の中は結構混んでいた。
「八時半なのに結構混んでるな」
「確かに」
真夏は店内をきょろきょろ見て、安堵の息を零した。
その彼女の謎行動の要因を湊は推測する。
同じ年齢の人がいないことへの安心感だろう、と。
注文を済ませ、早々と品が机上に揃った。
「今日は運動がてら構想を練りながら堤防を歩いて、ラーメンを昼に食べて帰る予定だ……真夏は本当にどこにも行かなくていいのか?」
「どこにも行って無いわけではないですよ。ちゃんと先生の横にいました。それに、本当に楽しかったので十分です」
「そうか」
二人は「「いただきます」」をして、早速注文した料理を口に運ぶ。
確かに安定して、全ての品が美味しい。
ふと、湊は天音の作った朝ごはんを思い出した。
あれは……本当にうまかったな。
声には出さず、脳内で味を思い返す湊。
「美味しい」
真夏の笑顔を見て、湊は会釈のような笑みを浮かべるのだった。
店を出た二人は、湊の先導より堤防を歩いている。
真夏は、湊の横を歩いていた。
道が目の先一杯に広がって、天気も清々しい程に晴れやかで、優しい風が木の葉をくすりと揺する。
「先生はどうして作家になりたかったんですか?」
「ん?」
湊は気難しい表情で考えている様だったが、真夏の声により現実に引き戻された。
考えている途中に迷惑かと思ったが、どうしても知りたくなった真夏は突然のことにも関わらず、尋ねてしまった。
湊を顔を見て、真夏はハッと息を呑む。
これは湊の言いたくない話だと。
「いえ、なんでもないです……」
鳥がちゅうちゅう鳴いた。
その場に声が消え、微妙な空気が続く。
目線の下には細い川が流れていて、鳥がそこに浸かっていたりもした。
少し歩いてから、ふと、真夏は湊を見やった。
その視線に彼は気付いたのか、
「……憧れたんだ」
急な言葉に、何が言いたかったのか一瞬理解できなかったが、数秒後には真夏の質問に対する答えなのだと気付く。
「誰に、ですか?」
「……もう、いない人だ」
湊は言いながら、遠い目を空に向けた。
瞳には、青々とした空が映り込む。
「すいません」
「真夏が気に病むことじゃあないよ」
どこか遠い目をして言う湊に、真夏は胸に込み上げて来る何かを思いながら、
「……先生!」
「うおっ、どうしたそんな大きい声出して」
二人は立ち止まる。
「すいません、なんでもありませんでした……」
横をお爺さんとお婆さんが通り過ぎる。
本当に、のどかな風景だ。
すると、今度は湊が声を出した。
「なあ真夏さんや」
どこかくだけた口調で仰る湊さん。
「なんですか?」
「真夏さんには、何か夢はないのかい?」
真夏は小首を傾げ、
「夢、ですか……」
と、呟いた。
が、その顔は険しくなっていき、最後には落ち込んだ様子で口を開いた。
「……正直、本当に何もないんです。これと言って好きなものも、打ち込んでいるものもないので、だから、ごめんなさい。解りません」
湊は口元を綻ばせた優しい表情で、かぶりを振った。
「……いや。普通はそうなのかも知れない。ただ、俺の場合がちょっと特殊だったのかも知れないな……でも大丈夫だ。いずれ、自分がやりたいことは絶対に見つかるさ」
「はい」
少し間隙を置いて、彼は再び口を開いた。
「迷いながら、苦しみながら、葛藤を味わいながら、選択する……それでいいじゃないか」
彼の言葉はすとんと、真夏の心に染みていった。
「はい」
「苦しい事も、辛い事も、悲しい事も、長い人生を鑑みれば大したことじゃない」
「……はい」
真夏の返事のする声がだんだんと強く震えてくる。
「だからな、今が本当に辛くても、大丈夫、いつかは自分の幸せを見つける事が出来るんだから」
「……はい」
真夏は下を向いて、涙を流した。
一体、真夏に何があったのだろうか。
――辛かったんだろうな。だから、俺から言えることは、これくらいか。
「私、泣いてばっかで、駄目です」
「俺も新人賞の受賞連絡を受けたときは、号泣したなぁ」
「湊さんが、ですか?」
「ああ」
それから二人は笑い合って、互いに歩み、不安定ながらも自分の行くべき道へ、突き進む。
「さあ、帰ろうか」
散歩が終わり、昼食をラーメン屋で取った後、二人は札幌駅から、新千歳空港まで移動した。
短い旅だったが、とても濃密な旅行のように感じる。
それはまるで、思い出深い修学旅行のように。
飛行機に乗り、暫く。
機内も静かで、その態勢に慣れて来ると、今度は眠くなってくる。
真夏は既に横で爆睡していた。
まあ、湊の本を遅くまで読んでいたというのだから仕方があるまい。
その安心しきった寝顔ですやすやと鼻息を立てる彼女を見て、湊は微笑んだ。
彼も目を瞑った。
――帰りのフライト中、湊は過去の思い出に浸っていた。
パソコンに向かい、がむしゃらに物語を書き進めていた高校生の自分がいた。
近くの偏差値の低い大学へ行くつもりだったから、勉強しなくてもよかったのだ。
辛い事が、悲しい事が、書いている内は全てを忘れることが出来た。
懐かしい、過去の記憶――
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