結末は・・・(後編)
「あの、なんでしょうか?」
人気のないバルコニーで、私はアルブレヒトと向かい合った。
「お前、ハインリヒが好きなのか?」
「は?」
そういえば、さっきもそんなことを言っていたな・・・。
なぜそう思うのかわからないので、首を傾げる。
「私、ハインリヒ様とは、正式にお会いしたことございませんけど・・・?」
「でも、さっきは俺を無視してハインリヒを探していたじゃないか。正式に会ってなくとも、好きになれるだろう?」
「アルブレヒト様を無視したつもりはなかったのですが、私が探していたのはベルリア様です。ハインリヒ様はたまたま目に入ったので、ついお名前が口をついただけで・・・。」
私が説明すると、アルブレヒトがぽかんとした。
「モルディラント公爵令嬢?お前、ベルリアと仲がよかったのか?」
「ええ、最近親しくさせていただいております。」
「・・・なんだ、そうか・・・。」
アルブレヒトがほっとした表情をする。
「あの、ところで、ハインリヒ様がベルリア様に今夜告白されることを、どうしてご存じだったんですか?」
「今日を逃すと、ベルリアは王太子妃候補として正式に発表されるからな。兄上も、今ベルリアに告白して、いい返事がもらえたら、候補じゃなくて正式な婚約者として発表される。」
「ええ!!?」
私はびっくりして、つい大声を上げてしまった。
まさかの”婚約イベント”発生ー!?
「お前は知らないかもしれないが、去年、ベルリアがデビューした時、兄上が一曲で彼女を離さず、続けて踊るから周りが驚いてな。まだデビュタントたちが待っているのだから、俺とハインリヒで兄上にベルリアを離すように進言にいって大変だったんだ。三人でもめているうちにベルリアが帰ってしまって、ハインリヒは残念そうだったな。」
思い出すように、アルブレヒトが言う。
ベルリアから聞いていたから知っている。————やっぱりベルリアがヒロインだったんだ・・・。
マリアがバッドエンドで退場したから、悪役令嬢がヒロインになり替わったのだろう。
そう思うと、私は悲しくなってきて、つい聞いてしまった。
「・・・アルブレヒト様は?」
「ん?」
「あなたも、ベルリア様がお好きなんじゃありませんか?あなたも、ベルリア様に告白されたのですか?」
「俺が?なんで?」
びっくりした眼で聞き返されたが、彼女がヒロインだからとは言えない。黙って彼を見つめていると、アルブレヒトは困った顔をしながら、ふんわりと抱きしめてきた。
「そんな顔しないでくれ・・・。勘違いしてしまいそうだ。」
勘違い?何を?
「たしかに、ベルリアを初めてみた時は、のぼせ上がった。」
首を傾げる間もなくそう言われ、心が痛くなってきた。いつものように、耳元でささやかれているのに、今はちっとも感じられない。
「だが、兄上も彼女に恋していると気づいた時、俺は兄上の好きな人に横恋慕したくないと思ったんだ。」
ああ、そうか。そうね、アルブレヒトはリチャードを主君として見ているものね。彼を裏切りたくないから身を引いたのね・・・。
ますます心の痛みが強くなり、涙が浮かんでくる。
「デビュー以来、社交界に姿を現さないベルリアに、兄上は舞踏会に出るように頼みに行ったんだ。その時、兄上はベルリアにキスしたそうだ。」
え?
驚いてアルブレヒトを見上げた。涙が一粒こぼれたが、もうそれ以上はあふれることはなかった。
「お前はベルリアから聞いていないのか?兄上に言われて出席した舞踏会で、・・・お前がデビューした舞踏会だが、そこでハインリヒともキスしている。」
「ええ?」
聞いてないよ!そんなこと!
涙も引っ込んでしまう。
「キスのことは、兄上もハインリヒも、自分だけだと思っている。俺は、兄上から話は聞いていたし、たまたま、ハインリヒと彼女がキスしている現場を見てしまったから、知っているだけだが、・・・内緒にしてくれよ?」
驚いたまま、コクコクと私は頷いた。
言えないわよ、そんなこと、誰にも・・・!
「兄上の口ぶりじゃあ、ベルリアは王宮に来ることはかたくなに拒否するけど、兄上に対しては、嫌がっている風じゃないと。ハインリヒにしても、俺は見ていたからわかるけど、とてもいやそうには見えなかった。驚いてはいたけどな。抵抗していなかったし・・・。彼女は、男に流されやすいタイプなんだろうなあ。」
”男に流されやすい”!!まんまヒロインじゃない!!
「兄上とキスしたと聞いているのに、ハインリヒともキスしているベルリアを見た時、俺の心から完全に彼女は出て行った。今では何とも思っていないよ。」
そういうと抱きしめる腕に力が入り、優しい目で見つめられる。
「それに、その時にはもう、俺は、俺の声にだけ反応して赤くなる、お前のことが気になって仕方がなくなっていた。」
甘い声でそういわれ、体が熱くなってきた。
「園遊会のこと、王妃様から聞いた。お前は王妃様が用意した、城で一番女性に人気のある小姓に、耳元で囁かれても顔色を変えないし、手を握られても、断った。他の令嬢はみんな嬉々として、小姓の案内を受け入れていたのに。」
「あれは・・・、だって、あの方は素敵でしたけど、私の好みじゃなかったから・・・。」
ごにょごにょといいながら、園遊会を思い返す。
あの美形の小姓!なんで愛想を振りまくのかと不思議に思っていたら、そういうわけだったのか・・・。
「なあ、俺がベルリアを好きだったと聞いて、お前が涙をこぼしたわけを聞いていいか?」
もう乾いてしまった涙のあとを優しく指で拭い、アルブレヒトが私の耳元に唇を寄せる。
「俺の勘違いじゃないと、教えてくれ。お前が好きなのは誰だ?」
今まで感じなかった感覚が一気にやってきた。ゾクゾクしたかと思うと、腰に力が入らなくなる。よろめいてアルブレヒトに抱きついた。
もたれかかるようになると、アルブレヒトが嬉しそうな顔を向けて、私を見つめている。
「俺は、お前が好きなんだ。」
ゆっくりと彼の顔が近づいて来る。
「・・・私も・・・。アルブレヒト様が好き。」
彼の瞳から目がはなせず、呟くように言うと、そのまま唇が重なる。嬉しくて、目を閉じる。
軽く唇が離れると、角度を変えられ、深く口づけられた。
舌を入れられ、からめとられ、歯列をなぞられる。
「あ・・・。ふ・・ぅん・・・。」
甘い吐息が漏れ、互いの唾液を交換するように、むさぼる熱いキス。
私は、キスに酔いしれながら、”離さないで欲しい”とばかりに強く彼に抱き着いた。
私の”アルブレヒトエンド”は、棚ぼたものだ。
転生したヒロインである彼女が、”隠しエンド”を狙い、ヒロインになり替わったベルリアと、好きな人が被っていなかったから、こういう結果になっただけ。
ここは、本当の意味で「王宮恋物語~真実の恋を求めて~」のゲームの世界なのだ。
”隠しエンド”は、対象者全員を一度攻略して、もう一度プレイしなおさなければ開かないルート。
マリアが惚れ薬が現存しないことを知らなかった時点で、この世界に転生したのは初めてだとわかる。————何度もやり直しているわけではない。
それなら、この世界は一度の人生しか歩めない、現実世界と同じだ。”隠しエンド”は決して開かない。
マリアは始めから不可能な選択をしたということだ————。
マリアが普通に対象者一人に狙いを定めていれば、ベルリアは悪役令嬢の運命から逃れられず、私もアルブレヒトと恋に落ちることもなかっただろう・・・。
そう思うと、転生したヒロインが彼女でよかったと感謝してしまう。