エピローグ:剥離された日常
POV: 犬神 栞 (Inugami Shiori)
犬神家の屋敷は、今や巨大な肉の墓場と化した。私は一人、静まり返った広間に立ち、鏡の前に座っている。
父と母の顔だった「ゴミ」が床に散らばり、下水のような臭いが鼻を突くが、不思議と気分は晴れやかだった。
私は自分の顔に触れる。
半分は私のもの、半分は母の皮。縫い目からはまだ黄色い体液が滲んでいるが、もう痛みは感じない。私は、私でありながら、私ではない「何か」へと完成したのだ。
「なろう読者の諸君。物語はこれで終わりだと思っているのか?」
私は鏡越しに、画面の向こう側にいる「お前」を見つめた。
PCの前でマウスを握るその指。キーボードを叩くその指先。
お前の皮膚は、なんて瑞々しく、なんて美味しそうなんだろう。
「幸福なんてものが存在すると、本当に信じているのかしら? それとも、それは単に下にある腐敗を覆い隠すための、薄っぺらな皮の一層に過ぎないのかしらね」
私は首を傾げ、もはや退屈な人間味など微塵も残っていない、鏡の中の自分を称賛した。私は、最も純粋で、最も正直な形態へと到達したのだ。
「スマホやモニターの青白い光の向こう側で、これを読んでいる諸君……自分は安全な場所にいると、そう思い込んでいるわね? これはただの文字の羅列であり、牙を持たない空想だと高を括っている」
私は冷たい鏡の表面に、自分の顔を近づけた。
「けれど、観念というものは最も危険な種子よ。今や『栞』という影は、あなたたちの精神の深淵に深く根を張ってしまった。これから鏡を見るたびに、あなたたちは自問することになるわ。これは本当に自分自身の顔なのか? それとも、いつか亀裂が走るのを待っているだけの、ただの仮面なのか?」
私は微笑んだ。いかなる記憶によっても決して拭い去ることのできない、おぞましい光景を。
「さようなら、哀れな娯楽の探求者たち。今夜、あなたたちが一睡もできないことを切に願っているわ」
--- 完 ---
「……まだ、自分の正気を信じているのかい?」
最後まで読み切ったことに敬意を表そう。だが、正直に言って、君たちは本当に『無傷』かな?
こんな物語を最後まで貪り食ったという事実こそが、君たちの内側に潜む、破滅を愉しむ醜い本性の証明なんだよ。
道徳的な教訓なんて探さないことだ。そんなもの、ここには一片も存在しない。残されるのは、暗い部屋で独りになった時に君を苛む、消えない不快感だけだ。君たちが普段消費している安っぽいファンタジー小説よりも、ずっと『生々しい』体験だっただろう?
さあ、退屈な現実へ帰るがいい。だが忘れないことだ。一度深淵を覗いた者は、深淵からも覗き返されている。明日、鏡に映る自分の影をよく見てみるがいい。もし違和感を感じたとしても、それは決して気のせいなんかじゃない。
それでは、次の悪夢でまた会おう。




