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いるかも

「……おはよう」

「おう。お目覚めか」

「ん……もう少し寝かせて……」

「そうした方がいいよぉ。起こすのは七時でいい?」

「うん……」


ぽてっ。ほわんほわんだった凪さんはまたうつ伏せに倒れて眠りの国へと旅立った。

凪さんは、朝が弱いわけではない。今回は俺が起こしちまったせいだけど、多分湊さんが起こしてくれる七時でも、昼まで寝てたとしても、同じように起きる起きないの天秤が発生する。

全国飛び回っていて普段学校に行けない凪さんの生活スタイルは行く先々によって変わるから、安全な場所ではぐっすりと、そうでないところではめちゃくちゃ短い睡眠で過ごしてる。

横になることもないし、深く眠ることは絶対にしない。だから何も気にしなくていいとわかってる時だけ足りない分を補うように寝る。

九州遠征で一ヶ月。帰ってからも情報収集に会議にと忙しくて、次は北海道。纏まった睡眠が取れたのはいつぶりなんだろう。

遠征の時だけから大丈夫って、凪さんは言うけど。大丈夫じゃ、ないと思う。


 ◇


 部屋に未来と凪さんを置いて、船首に出た俺は

 二人は俺がいることを気にはしないだろうしもしかしたらいたほうが良かったかもしれないけど、あちらへ着く前にもう一度海を見ておきたかった。


「ひとり? 気遣い上手の隆一郎君」


 おどけた口調で、振り返った湊さんは笑う。


「気遣いとかでは、ないです」

「ふーん?」

「……ちょっと、思うところがあっただけで」


 弱さを見せたがらない凪さんと、強がりな未来。

 似た者同士の二人の会話に俺は邪魔だろうし必要ない。補完はお互いがするだろう。


「自分を卑下しないようにね」


 くすくすと笑いながら湊さんは隣に座るようトントンと床を叩く。このひとは、相手の考えを見抜くのが本当に上手い。


「……あっちに着いたら、日中はずっと戦闘ですか」


 横に腰を下ろして俺は聞いた。


「ずっと、ではないよ。僕らが行ってた九州遠征と違って、危険だけどまだ人が住める土地だから。でも気は張っておかないといけない。海の上、それ以上にね」


 その答えに


「死人の声を聞いてやることは、できないんですか」


「声……かぁ」


「自分と周りの命に責任を持てるなら、やればいいんじゃない?」


 にこにこ顔のままの答え。ぞく、と背筋が冷たくなる。


「たった一体を相手にしている間に周りがどれだけ危険に晒されるのか。自分の目で見てまだそんなことが言えるなら、未来ちゃんも隆一郎君も前線にいるべきじゃないだろうね」


「未来ちゃんが目指してるのは、そういうものなんだよ」


 

「大丈夫だよ」と破顔した。


「」


 ──このひとが、一番怖い。


「凪さんが湊さんに逆らえない理由……なんとなくわかった気がします」

「えぇー? やだな、取って食いやしないよ?」

「いや、そういうことじゃなくて……」


 何を言ってもにこにこと笑ってる。


 港が見えてきた。



『ゴミ箱……こわい』

『循環、しない。風化、ない。電力、ならない。生まれ変わらない。いるだけ……あるだけ……』

『なんで……哀しい、嫌だ、外、でたい。外……でたい』


  ──相沢ちゃんの瞳は、綺麗やよ。


 真っ黒な短髪と、未来とよく似た青い瞳。

 北海道端段市にいる彼の相貌を思い出したのは、未来が前に進む決意をした証拠だ。

 凪が未来に掛けていた【デリート】が消えていくのがわかる。未来が彼のことを思い出さなくて済むようにと、掛けてくれたデリート。

 忘れることで生きていけるヒトの特性を利用した、つらい記憶を見えないようにする技。


「帰ってきたら……みんなに話せるかな」


 自分が大阪にいられなくなった理由を。

 腕の傷痕の詳細を。



「ふぇ……ふえっ、ずごいよ谷川君んんんんっっ!!」

「お、おおっ!? ありがとう阿部、ぜひ鼻水を拭いてくれ!」


 感極まった阿部が泣いた。

 差し出されたティッシュでちーん! と鼻をかむ。

 いいのか阿部。隣に好きな人がいるわけだけど、そんな盛大にやっちゃっていいのか。


「阿部、ほらハンカチ。涙も拭いて」

「ひぐっ、あいがぉー秀ぐんーーっ」

「うん。ありがとね、毎日欠かさず手伝ってくれて」

「なんにもできてないよぉ〜!」


 さっきの斎以上に泣いて声も顔も大変なことになってる。

 なんにもできてないなんて、そんなの絶対にない。神経を張り詰める空間をまるっと癒すなんて偉大なこと、【精神の解放リバレーション】を持つ阿部以外にはできないんだから。

 似たりよったりのことを未来が伝えてくれるけど、阿部の涙は止まらない。

 ハンカチの色がどんどん濃くなっていく。

 見兼ねた長谷川のハグとなでなでタイムが始まった。


「のう……阿部? 号泣しちょるとこわるいんじゃけど、お主今、秋月のこと『秀くん』って」


 ガチンッ! 


「あ……」


 そして、真っ赤に──


「お付き合いを、始めさせていただきました……」


「」


「ねっ、ねぇ、加奈? 告白はその、どっちからっ!」

「言わなきゃ……ダメ?」

「教えてぇー!」


 長谷川のぐいぐいに阿部は更に顔を赤らめる。困ったように眉を八の字にして、それから秀をちらっと見て──


「……僕です」

「「えぇええええ!?」」


 マジか。あの秀が、告白を。

 あの秀が!!


「いいい斎!? お前なんかっ、落ち着いてるけど!」

「先に報告をもらいまして……」

「聴取済みですか!!」



「話を戻すよ!? 僕らのことはっ、その、あんまり騒がず見守っててください!」

「お願いまで可愛すぎんだろっ!」


 真っ赤な秀を俺は撫でた。

 撫でて撫でて、撫でまくった。

 愛でたという方が正しいかもしれない。





「だからさ。今までも気をつけてもらってたけど、これからもずっと。キューブを使ってない状態で大きな怪我は負わないでくれ。数年前とは比べ物になんねーくらい医療も発達してるし、完治薬かんちやくとか克復茶こくふくちゃもあるけど、どうしたって限界はある。絶対なんてない。だから……頼む」


 申し訳なさげに斎は頭を下げる。

 ごめん、と謝る掠れ声がその感情を運んでくる。


「謝る必要ねぇよ」


 そんなもの、誰も責めるわけがない。

 怪我がすぐに治せないのは当たり前で、だからこそ人間は危機を覚えるんだ。

 ガキの頃には気付けなかった危険を、歳を重ねるごとに予期できるように。人間としての本能が俺たちを守ってくれている。

 キューブがあるから。そう俺たちが勝手に安心してるだけで、本当はもっともっと、自分の身を案じるべきなんだ。




「谷川君はすごいよ」


 阿部の声が、斎の顔を上げさせる。


「神様は私たちを見てるかわからない。だけど谷川君は、私たちを思ってずっと頑張ってくれていた。だから今ここに辿り着いたんでしょ?」


 真剣な眼差しで、斎を真っ直ぐに見て伝える。


「だったら謝るべきじゃない。むしろ胸を張って。笑って。私たちが人知を超えないための、その境界線を谷川君は見つけてくれたんだから」


 斎が導き出した結論を、強く強く肯定した。

 身を乗り出すようにして掛けられる幾多の言葉に斎はぽかんと口を開けて、頻りに瞬きを繰り返す。

 沈黙が落ちた。


「……かい、か。キューブはよく見てるな」


 独り言のように斎が言った。

 悔しそうに笑うその顔が明るくなる。


「ありがとな、阿部。なんか……しこりが取れた感じ」


 加藤へあてがわれたその文字の中。

 知っている一つがあった。


「……『』。谷川……これって」

「おう」


 長谷川の問いかけに、斎は優しい顔で頷いた。


「あたえる、くみする、あずかる。……その『与』は、天にいるお前の友人、エイコの文字ものだ」


「誰の命も無駄にしない。みんなの思いがあって、魂があって形になる。それがダイスだ」

「もしキューブだけじゃなくダイスを使っても文字を貰えないなら、その人はホントに戦闘向きじゃない人だ。戦いに出ない方がいい」


「星ちゃん!」


未来が挨拶に行く。


「……え」


一瞬、流星さんが固まった。

目がギョッとして、未来を●で見る。


「星ちゃん?」

「……わりぃ。久しぶりすぎて、ガキんちょの顔忘れてた」

「なにそれ」


後から入ってきた湊さんも少し驚いた顔をする。

流星さんと顔を見合せて、互いに何かを確かめるように頷いた。


(なんだろ……)


「弥重、イチ。……ちょっといいか」


凪さんと俺の間に割り込むようにして、ドカッと流星さんが座る。

イチって呼ばないでって言いたくなったけど、その声色があまりにも真剣で、●を●得なかった。


「未来の、目。前からあんな色だったか」

「……どういうこと」

「俺が最後に会ったの、一年以上前だけどさ。あそこまで……明るい色じゃなかったはずだ」


流星さんの言ってる意味がわからず、俺もどういうことかと聞き返す。

流星さんはポケットから取り出した携帯の写真フォルダを開いて、あんまりない未来の写真を見せた。


「……これ」

「写真だし、光の加減とかでも変わると思う。けど……こないだ未来を見た瞬間、明らかに、違うって感じた」


凪さんが眉間にシワを寄せて流星さんの携帯を奪い取った。俺も身を乗り出して、そこに映る未来と今の未来を比較する。

目が、黒寄りの青から……青。いや、もう水色に近い。


「常に近くにいるオマエらと違って、俺も湊も久しぶりだったからさ。徐々に変わってるなら周りは気付かねーし、おかしいなんて思わねぇ」


○家、学校 遠征行ってきますの挨拶

克明かつあきさん。由香ゆかさん」

「どうか、二人を危険へ連れていくことをお許しください」

「元より平和とは言えませんでしたが、この国に、これまで以上に酷いことが起こり得る。早く、相手のことを知らなければいけない」

「凪君。絶対に未来を行かせなければいけないのかい?」


父さんは眉を寄せる。

未来を幼い頃から知っている両親は、右腕の傷痕が何が理由でできたのか知っているためにその元凶となった者のところへ行かせたくないのだ。

もちろん、俺も。できることなら残っていてもらいたい。だけど未来がいないと何もできないとなれば、連れていくしかない。

未来を見る。

気丈に振る舞う未来だけど、左手は右腕に添えられている。……怖いのは、本人も同じなんだ。


「いつ、帰ってくる予定?」


母さんが凪さんに尋ねる。

顔を上げた凪さんは、一週間を目安にしていると答えた。


「手続きに二日は掛かります。未来の精神状態の問診と、奴が外へ逃げても被害を出さないための設備が必要なので。仲間が使う尋問の技がどれくらい有効かにもよりますが……交通も含め、それくらいは必要かと」


「長いのね」


「はい」


「三人、無事に帰ってきなさい。帰ってきたら、由香さん特性ハンバーグ大量に作ってあげるから」


世紀末よぎみ先生」


私服の俺を見て、何か察したのかもしれない。眉尻が下がった。


「俺、しばらく学校来られない。……ごめん」

頭を下げると、べしっと、持っていた日誌で頭を叩かれた。

「俺に謝るな。自分の担任に言いなさい」

「あー……そうだよな」


ついつい頼りにしてしまう二年の時の担任。この人の頼もしさとか、性格を知っているからか。つい先に報告に来ちゃうんだよな。


「土屋。お前と相沢の分、先生が直々にノート作っておいてやる」

「え……」


「帰ってきたら、二人ともつきっきりで勉強だからな。だから……気をつけて行ってこい」

「……うす」

「ありがとうございます」と頭を下げて、



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