長谷川凛子④推敲一回目
「キューブ取りに帰ってくれてたんやね。ありがとう。助かった」
「いや、助かったのはアタシの方。相沢……ごめん。アタシは、バカだった。自分のことに必死で、アンタのこと、傷付けた。友だちすら、守れなかった」
二人の被害を出した戦いの後、長谷川がぽつりぽつりと話し始めた。目線は下を向き、声も小さい。戦闘前までの自信が嘘のようだった。
未来は立っていられる体力がないのと、死人の歯が掠った左の太ももが痛いのだろう。ゴミ箱前の階段に座って聞いていた。
(化膿しないように早く治療してやりたいけど……でもなぁ)
やっと向き合ってくれた二人の間に割って入りたくなくて、俺はどうしても言い出せなかった。
「アタシは昔から、割となんでもできた。勉強とか、運動とか、賞も沢山貰った。けど、全部……」
喉を詰まらせたように途中から話せなくなった長谷川へ、未来が小さな声で言葉を足した。
「二番目やった?」
「……どれだけ努力しても、上には上がいた。絶対アタシは一番になれなかった。だからマダーとしてキューブに選ばれた時、それすらも世界で二番目だったと知って……ムカついた。だけどそれでも良かった! 順番はどうやっても変えられない。なら代わりに世界で一番強いって言わせてやればいい! なんでもいい。ただ、本物の一の数字が欲しかった。なのにっ!」
長谷川の足元に水玉模様が現れる。
流れる涙は悔しさか、怒りか、それとも……悲しみか。
「どこに行っても聞くのは相沢未来、相沢未来! アタシの名前なんて一文字だって出てこない! キューブの格闘技大会で一位を取ってるのはアタシなのに……それでもみんな、口を揃えて言うんだ。相沢未来が世界最強だって!!」
未来の青い瞳が少し揺らいだ。何か言いたそうにしているけど、まだ口は開かない。
「だからアンタが転校してくるって噂で聞いて、ああ、アタシを苦しめる原因が来るのだと。アタシをコケにする存在がアタシの居場所に来るのだと! やめろ。来るな。アタシの前に来るな! そう……思ってたっ」
嗚咽を漏らしながら、続けられる。
「だけど、いざ本物の相沢未来を見た瞬間、そんな感情はすぐに消えていった。あの時は……心底驚いた。もっと凶悪な顔をして、ガタイもいいんだろうなとか思ってたから」
「なのに」と、口調が更に強くなる。
「実際見てみたら……青い瞳の、ちょっと可愛いだけのオドオドしたちんちくりんだなんて、アタシのプライドが許さなかった。こんなヤツが世界最強なのかって。アタシはこんなヤツに負けてるのかって! わけがわからない。ありえない。あるわけがない!! そんな事実、アタシはっ……認めたく、なかった」
「だからキューブをとったん?」
未来の短い問いに、長谷川は自嘲気味に笑う。
「いい気味だと思った。キューブが無ければ何もできないくせに、いきがってんじゃねーよって。さっきの戦いだってそう。キューブも無いのに参戦して来て、バカだと思った。けど……時間を止められて」
ぐすんと、鼻をすする音がした。
「アタシはっ、あの二人が危なくなっても何もできなかったのに、アンタはすぐに対処した。守っただけじゃなくて、死人が自ら術を解くなんて考えられなかった! アタシにはそんなこと、できないよ」
乱れた呼吸を落ち着けるように、一度大きく息が吐き出される。
俺に背を向けた状態で話しているから、長谷川の表情はよくわからなかった。
間に入ってくるなと言いたいのだろう。
「だからどうしても、討伐だけはアタシがしたかった。それすらもできなかったら、何もアタシには残らない。ただの宝の持ち腐れだから。自分のプライドのために、無謀だとわかっていながら相沢たちの協力無しでやろうとした結果がこれだよ」
長谷川はそれ以降何も言わなかった。
話さぬまま暫く時間が流れ、意を決したように、拳を握った未来が口を開く。
「私は、誰より強いとか、何番目とか、あんまり興味が無い。ただちゃんと役目を全うして、誰も死なんように、誰も怪我せんようにできるぐらい強くなりたい。そう思ってる」
「知ってる。だからアンタは大会に出ない。いつもアタシの不戦勝なんだ」
「それは……ごめん。ただ私が言いたいのは、誰に噂されても褒められてたとしても、申し訳ないけど私の中ではあまり重要じゃないってこと。実際、私は長谷川さんが聞いてきたような凄い人でもないし、特別強いわけでもない。でもそっちが弱い理由ならわかるで」
強気な未来の言葉に、長谷川は顔を上げた。
「マダーとしての自分を、一種のパラメーターとして見てるからやよ。私らは、常に冷静に、被害が最小限になるように、最善の方法で街と人を守らなあかん。命がかかってるからや。最初から見てるものが違うねん」
長谷川にとっては口調が荒いように聞こえるかもしれないが、未来は全く怒っていない。方言がキツく聞こえるだけでかなり平静だ。
少し心配にはなったものの、木々の葉が風に揺られてサワサワと音が鳴る。それが二人の緊張を和らげてくれていた。
「知ってたで、長谷川さんの名前」
「え?」
突然告げられたその言葉に、長谷川は不意をつかれたような声を出す。
「さすがに何番目とかは知らんかったけど、大会観るのは勉強になるからよく会場に行ってた。いつもぶっちぎりの一位取ってて、きっと凄い努力してる人なんやろなって思ってた」
未来がゆっくりと立って、階段を下りてくる。一歩ずつ、長谷川のもとへ向かう。
「最初に話しかけてくれた時、言おうか迷った。いつも凄いねって。けどあんまり人と話すことが無かったもんやから、どう切り出していいかがわからんかった」
長谷川よりも十センチほど小さい未来。その差がはっきりとわかるぐらいの位置で足を止めた。
「世の中には、天才とか逸材とか言われる人が稀におる。生まれ持った天賦に勝てるのは、自分を奮い立たせて何十倍、何百倍頑張れる人だけや。私ら凡人は、追いつくために必死に努力するしかないねん」
真っ直ぐ目を見て、そう未来は言う。
「それをわかっててなお、あなたはすっごい努力してる。めっちゃ強いんや。ホンマにもったいないから、プライドになんか負けんな。頑張ってる自分を、もっとしっかり褒めるべきなんやで」
長谷川の手を取って、剥がれかけていたキューブが今はしっかりと張り付いているのを見てから、未来は顔を上げた。
「……よう頑張ったな」
数秒間の沈黙ののち、長谷川の小さな泣き声が聞こえた。力が抜けてペタンと地面に座り込み、今日一番の大きな声でわんわんと泣いた。すがり付くように、未来の服を握っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ごめん。取り乱して」
数十分が経ち、やっと落ち着きを取り戻したところで、未来は【パルプ】から作ったティッシュを長谷川に渡した。長谷川は遠慮なくそれを受け取り鼻をかんだ。
どう作ってるのかわからなくて、前に未来に聞いたことがある。あのパルプというのは木材をほぐしたもので、紙の原料になるからティッシュに変えることができるのだとか。
便利。これに尽きる。
延々と【パルプ】を続けている未来の右腕は、彼女らを守ろうとした際に死人に服を破かれ大きな傷痕が覗いていた。
「あと……大怪我負わせて、ごめん。傷かなり深いよね」
長谷川はそんな未来の右腕を見て青い顔で謝った。
「大丈夫だよ。これ、古傷だから」
「え、古傷? まだ凄く痛々し……」
その事実の有無を聞こうとしていたみたいだけど、言葉は途中で意図的に切られた。きっと聞いてはいけない雰囲気を感じ取ったのだと思う。
「長袖着てたのはそのせいだったんだ」
「ん……嘘ついてごめんね」
「アタシこそ、無理に脱がせて確かめようとしちゃって」
おい。
「お前やっぱりわざとだったのか!」
「え、つっちーいたの!?」
「いたよ! ずーっといたよ! お前らが深刻な話してるからこっちで空気になってる他なかったんだよ!」
失礼なやつ、失礼なやつ!!
俺が大声で不満を漏らしたせいで、重い空気が一気に明るくなった。長谷川が笑顔で話してくる。未来もくすくすと小さく笑っている。
良かった、確執が消えていく。朝に感じたクラスメートの違和感も結局その後は良好だったし、これでもう大丈夫だろう。
たった一日だったのにめちゃくちゃ長かったような気がする。
心身の疲れを感じていると、またゴミ箱からカッと光が溢れた。第二陣かと身構えた瞬間、驚いたことに、未来の【ウツボカズラ】がその存在を既に捕らえていた。
食虫植物のウツボカズラはメリメリと新たな死人を食し、ごくんと丸呑みして、お尻からガラス玉をコロンと出す。
戦闘時間は、恐らく三秒ほど。
「相沢……アタシはやっぱアンタが自分で言うような凡人だとは思えないよ。周りが言う世界最強の方がしっくりくるよ」
「そんなことないよ。本当に私なんかより圧倒的強さを誇る人がいるんだよ」
「嘘だぁ」
全く信じていない顔で否定する長谷川は、あとさっきから言いたかったことがあると前置きをした。
「関西弁怖い」
ガーン。
未来、思いっきり顔に出てるぞ。
「が、頑張ってなおします」
ゴミ箱の灯りで照らされた未来は焦っていて、それでも俺には少し、嬉しそうな顔をしているように見えた。




