第一話 神
???side
この世界を管理してどれほどになるか。
我々管理者は世界の意思の末端であり全てである。
個としての人格を持つが、それはそれ、これはこれ。
時々、この世界から出ようとするやつが居る。この世界に入ろうとする奴が居る。
―――気に食わない。
別に、この世界に出入りする事自体がじゃない。
その者達が俺に何も感じさせてくれない事が、だ。
知的好奇心、力の誇示、戦いを求めて、他の管理者の意思。
様々な要因がある。だが、どれも俺からすれば何の面白みも無い。
どうせ他の世界へ行っても、する事はこの世界にいる時と変わらん。逆もまたしかり。
それにこの世界を荒らすなんてもっての他だ。
俺はこの世界が、気に入っている。
陳腐な言葉ではあるが、命の輝きを見ているのが好きなのだ。
だが、それも最近脅かされ始めている。まだなんとかなっているが時間の問題だろう。
だというのに、この世界から出るやつは、この世界に来るやつは、何の面白みも無い。
今まで異世界から受け入れを拒んできたのだ。
どうせなら俺が気に入るような奴を、面白いやつを当て馬にしたい。
だが…時間が無い。さて、どうするか…
ん?これは…他世界からの干渉?また面倒を押し付けるつもりか?
受け入れんと言うとろうに。
ま、少し話しを聞いてみるか。
ふむふむ…………………これは…
はっ、面白そうじゃないか!人の身で神を望むか!
くくく、しかも"資格"も"素質"もあると来た…
いいぞ!こういうのを待っていたんだ!
ならば早速出迎えに行かねば…
………………
…………
……
夕side
「知らない天井だ…ってそれはいい。それより、ここはどこだ?」
確か俺は多次元炉心のエネルギー暴走に巻き込まれてどかへ飛んだはずだ。
だが、俺が居るのは何もない、真っ白い空間。
五体満足だし頭痛や眩暈といった症状も無い。
何の変化も無く、ただ白い空間に立っている。
白い空間は一部屋分のスペースがある。6畳ぐらいだろうか。
天井の高さは4m前後といった所。
持ち物は着ていた私服とその上から着ていた白衣、
そしていつも掛けている黒縁の眼鏡だけ。
大して高いものではないし、
折角の多次元旅行が手ぶらというのはなんだか寂しい気がする。
「やあ、調子はどうだ?」
暫く考え込みながら周囲を見回していると、背後から声を掛けられた。
驚いて振り向くと、そこには先ほどまでは居なかったはずの男性が立っていた。
長身の優男、といった風貌で、緑色の髪と金色の瞳が印象的だ。
顔立ちや容姿も十中八九イケメンと呼ばれる類の人物だろう。
穏やかな笑みを浮かべ、こちらを眺めている。
「驚いてるな。まあ当然か。気にするな。
ここはそういう所だ、とでも思っていてくれればいい」
大事なとこはそこじゃないしな。
と言い、彼が指をパチンと弾くと、
何もなかった所にいきなりテーブルと椅子二つが現れる。
彼は驚く俺を余所に、洋風の白い椅子へと座る。
同じく洋風の白いテーブルの向かいに、彼の座っているものと同じ椅子がある。
彼は微笑みを崩さないままそこに手を向けて、「どうぞ」と言って来る。
座れという事だろうか?
まあずっと立ちっ放しも辛いし、ありがたく座らせて頂こう。
「紅茶は好きかい?」
いきなりの質問に戸惑うも、「はい」と答えると彼がまたパチンと指を鳴らし、
テーブルの上にティーセットが現れる。
シンプルだが気品のある、中々高そうなティーセットだ。
俺の前に置かれたティーカップには紅茶が入っており、
これも気品のいい高級そうないい香りが漂ってくる。
ご丁寧にテーブルの中央にはクッキーの載った皿が置いてある。
「腹が膨れる訳では無いが、元々ここでは腹が空く事も無い。
単に味を楽しんでくれればいいさ」
そう言って彼は自分の前にあるティーカップを手に取り、
香りを楽しんだ後一口飲んだ。
状況が上手く掴めないが、恐らくここは彼のテリトリーである筈だし、
相手が穏便な話し合いを望んでいるようなのでそれに従う事にする。
紅茶を手に取り飲んでみると、そのあまりの美味しさに驚いた。
これでも飲み物、特に紅茶にはうるさいつもりだが、ここまで美味しい紅茶は初めてだ。
「口に合ったようでよかった。ここでは望む限り最上の物が出せるからね。
これでも紅茶にはうるさいんだよ」
趣味が合うね。嬉しいよ。なんせここに"人"が来たのは初めてだからね。
そう話す彼の顔は曇り無い笑顔で、本当に嬉しいようだった。
人の部分を強調したのが少し気になるが、まあそれは今はいいだろう。
とにかく聞きたい事は沢山ある。
混乱していた頭も紅茶のおかげか少し落ち着いた。
クッキーに手を伸ばし頬張ってみると、
上品な甘さとチョコのほろ苦さが紅茶に良く合う。
なるほど、これ程美味しい物は初めてだ。
などと感心して頬を緩めつつ、疑問を速やかに質問へと纏める。
「色々と聞きたい事があるのですが、宜しいですか?」
そう聞いてみると、彼は笑みを浮かべたまま頷いた。
よく分からないが機嫌がいいようだ。
害意は無いようなので、多少リラックスして質問に移る事にした。
長年使い続けてきた脳をフル回転させて質問を纏める。
「まず、あなたがどの位私の事を把握しているのか、それをお聞きしたい」
なるだけ丁寧な口調で話しかける。
俺は彼のテリトリーに入ってきた側だし、
こうして最上の紅茶と菓子を振舞って貰っているのだ。
敬意を持って接するのは当然の事だろう。
「ほう、そこから聞くか。ここはどこ、などではなく。いいね」
ひとしきり嬉しそうに感心し、
彼は俺がここに来た経緯と、ある程度の人柄を知っていることを伝えてきた。
なるほど。ならばある程度知っている事を前提に話しても問題無さそうだ。
「では、ここについてお聞きしても?」
「構わないよ」
そこから質疑と応答を繰り返したが、
ここそのものについては良く分からなかった。
彼は管理者と呼ばれる存在で、
この部屋は彼がいつも居る場所の一部にスペースを作ったのだそうだ。
何でも出来るのは、
夢の中では思い浮かべた事が自在に顕れるのと同じようなもの、という事らしい。
「説明すると長くなるしややこしい。
君の探究心は認めるが、先に解決すべき疑問があるのだろう?」
やはりにこやかなまま、問いかけられる。
確かに彼の言う通りだ。
彼の口調や今見た現象からしても、俺の常識の外の事のようだ。
ならば今は先に他の疑問を解決すべきだな。
それに、彼は"探究心"という言葉を口にした。
どうやら、俺の目的、目標についても知っているようだ。
「今私はどのような状態なのでしょうか?」
次の質問に移る。
俺は生きているのか、死んでいるのか、それともどちらでも無いのか。
「ふむ。率直に言うと、君の"肉体"は死んでいる」
衝撃の言葉を混乱せずに受け入れられたのは、
俺の頭が落ち着いていたからか。
聞いていくと、俺の"肉体"は死んでいるが、"精神"は死んでいないらしい。
ここで言う精神とは、人格とか記憶の類のこと。
「君は一度世界から弾かれた。それもかなり不安定な方法でだ」
無論、そんな状態になって肉体が生きていられるはずもない。
そこで、俺の世界の管理者が俺の人格と記憶を保護し、サルベージしたらしい。
「管理者というのは複数居て、管理している世界は決まっている」
その管理している世界が複数ある場合、
それらの世界は繋がる可能性があるらしい。
ファンタジーでよくある、異世界への転移だ。
ところが俺の居た世界では、管理者が管理していたのは一つの世界だけだった。
成る程、いくら科学が発達しても異世界への扉が開かれない訳だ。
「本来なら君も、次元の奔流に流され、どこかに辿り着く前に死ぬはずだった」
しかし、俺の世界の管理者が俺の人格だけでも救い上げてくれたらしい。
そして俺は元の世界では一度死んでいる。
新たな肉体を与える事も一応出来たが、俺の目標を知り、
ならばその目標に近づけるような世界へ送ることにした。
そうして、この世界へ送られてきたらしい。
「君の世界の管理者が君の目標を気に入って、見てみたいと思った。そして、俺もだ」
なるほど、ならば俺はこの人達に救われてここに居るようだ。
しかも俺の目標に近づけるように便宜まで図ってもらって。
俺が表情を引き締め深々と頭を下げて礼を言うと、
彼はうんうんと頷きながら嬉しそうな笑顔で、どういたしまして、と返してくれた。
俺の居た世界の管理者にも礼を言いたいが、流石に無理なようだ。
しかし一度繋がらないはずの世界を移動したのも事実。
いずれ会える事もあるかも知れない。
いや、是非礼を言いに行こう。ああ、また新しい目標が出来た。
「本当にいいな、君は。好感が持てる。個人的に好きなタイプだ。
他の管理者と話した事もあるが、君ほど好感が持てたのはそういない」
そう語る彼は本当に嬉しそうで、
どうやら今のところ選択ミスは犯していないようだ。
好感が持てるというのは俺の態度だろうか?
もしかすれば、ひたすら目標を作りそれを目指す姿勢かもしれない。
昔からそうだったが、俺は目標を作ってそれに一直線、というのが多いからな…
「では、これからどうなるのかを聞いても?」
これが本題と言ってもいい。
神を目指した愚か者は地獄の業火に焼かれるのか、
それとも神へと至る試練を受けるのか。
まあ先ほどの話から大体予想は付くが。
「君が予想しているように、これから俺の世界へと行って貰う。
なに、危険もあるがいい世界だ」
誇らしげに語る彼を見ていると、
本当に自分の管理する世界が好きなのだなと思った。
話を聞いていけば、何でもこれから行く世界は"魔法"のある世界らしい。
魔法。俺の世界では空想上の産物だったもの。
「魔法と言っても、技術と文化の進化の形という点では科学と同じだよ」
ようは原理が違う科学、ということらしい。
元素や化学反応や電子機器を使う俺の世界の文明と違い、
魔素や精霊の加護や魔法術式を使う文明なんだそうだ。
成る程。科学とは全く違う原理によって発達した文明。
俺の目的には持ってこいの世界だ。
「君の世界で物語として語られている物に近いかな」
曰く、魔獣がおり、魔物がおり、精霊がおり、亜人がおり、魔族がおり、そして人が居る。
盗賊も居るし山賊も居る。海賊だって居る。
凶暴な亜人が居れば人と共に暮らす亜人も居る。
人を嫌う精霊が居れば人を好む精霊も居る。
動植物も豊富で、人を食うものから何も無くても魔力だけで育つものまで多種多様。
「だが全てに言える事は、『命の輝き』があるという事だ。
俺は、この命の輝きが好きなんだ」
そう穏やかな顔で語る彼は、
本当に命あるものが好きなんだろう。
世界を管理している者がその世界の命を好いているというのは、
世界の住人からすると恵まれているのかも知れないな。
しかし、穏やかだった彼の顔が少し曇る。
「しかし、最近その輝きを脅かすものが居る」
何でも、他の世界から流れてきた異形らしい。
「どこかの世界では"メア"などと呼ばれているらしいがね」
曰く、世界が何らかの理由で滅び、
そして滅びてもなお消滅しなかった世界の一部。
それは歪みとも言えるものを生み、
その歪みは周辺の世界へと侵食していっているそうだ。
その中に通常は超えられないはずの、
管理領域の壁を越えてくるメアが居るらしい。
「まあ、運が悪かった、としか言いようが無いんだがね」
しかし、メアに命の輝きは無い。
そんな奴らに自分の世界の命の輝きを消されるのは我慢ならない。
我慢ならないが、管理者が直接世界に手を出すことは出来ない。
「俺達がこうして色々出来るのは、この管理者の領域の中でだけだからね」
悔しげに表情を歪ませる管理者。
つまり世界そのものでもある彼らは世界そのものに干渉する事は出来るが、
世界に居る何かに直接干渉は出来ないんだそうだ。
成る程。ようするにそのメアと呼ばれる者達を俺にどうにかして欲しい、ということか。
「何もメアを倒しに行ってくれというわけじゃない」
メアの処理に動いている者は別にちゃんと居るらしい。
だが、この世界の分は居ない。
だがもうすぐメアは来る。どうしよう、と思っていた所に俺が来たらしい。
「君はメアが討伐されるまでの間、襲い来るメアを倒してくれればいい」
曰く、俺に目印をつけるんだそうだ。
そして、メアが世界の外から侵攻しようとして来たら、
その目印の方に流れるようにすると。
つまり囮として俺がメアと戦う事で、
俺以外の者をメアが襲わないようにして欲しいんだそうだ。
「頻度は高くないし、力もあげよう。きっと大丈夫なレベルのね」
成る程。条件としては破格だ。
ただ囮をするだけで、
新しい命と、体と、力と、目標へのヒント。これら全てくれるというのだ。
正直、拒む理由などない。
「力というのはどのような?」
これが肝心。しっかり把握しておかないと、
冒険開始5分で死亡、なんてことになりかねない。
「うん。君の望みを叶えてあげてもいいんだが、悩むだろう?
案をこっちで用意してみた」
そういってテーブルの上に出された一枚の用紙。
そこにはおそらく俺にくれるのであろう力が、一覧として載っていた。
・肉体(前世の肉体の構成情報を保存してあるため、そこからコピー)
・不老
(望むのならば。不死では無い)
・魔力
(現状魔法の無い世界に居たので0)
・記憶の定着
(望むなら絶対記憶能力なども可)
・才能
(ありとあらゆる才能。超一流の剣士にも、
超一流の魔術師にも、何にでもなれるだけの才能)
・言語の加護
(会話読み書きにおいて、相手の言語を理解し、こちらの意思を伝える)
…これは…ひょっとしなくても物凄いんじゃないか?
俺が驚き、少し困惑した表情で見つめると、
サプライズが成功して喜んでいるかのように(事実そうなのだろう)微笑んだ。
「いくら管理者と言っても人一人を創り、いじくるというのはかなり骨が折れる」
だから、比較的やりやすいもので考えた結果、こうなったんだそうだ。
才能というのは誰にでも少なからずある。人によって高低はあるが。
その才能、才能と呼べるもの全てを出来るだけ限界まで引き上げるんだそうだ。
「魔法を扱う才、魔力の才、魔法を作る才、魔法を理解する才、
魔法と聞いて簡単に思いつくだけでもこんなにある」
それら全てをひたすら引き上げる。
最初は向こうの俺と同じ。
だが、鍛えれば鍛える程体は、才能は応えてくれる。
「言うなれば才能者。どうだい?割といい案だと思うんだが」
いい案なんてもんじゃない!
つまりは料理の才とか、サバイバルの才とか、慣れる才とかそういうのもあるという事だ。
なるほど、これなら向こうでどんな状況に陥っても、どうにかすることが出来る。
商才もあれば文才もある。芸術の才もあるし、はたまた武術の才だってある。
なるほど、鍛えれば鍛えるほど。生きれば生きるほど強くなる。
…これなら、俺の目標にも到達出来るかも知れない。
不老と才能者。これほどいい組み合わせもそう無いだろう。
「それと、この世界には魔術師の隠れ家というのも多々ある。プレゼントしよう」
以前魔術師が住んでいたが、
持ち主が死んだりしてそのままになっている家が結構あり、
そのうちの一つの傍に送ってくれるらしい。
「丁度いい物件があってね。
心配しなくても、持ち主は幸せな人生を過ごして成仏したよ」
事細かに個人の生活を見ることは出来無いが、
おおよそどんな人生を過ごしたかぐらいは分かるらしい。
曰く、魔術師として赴いた先で帰れなくなり、
そのままそこに骨を埋めたんだそうだ。
子は居なかったが妻と二人で幸せに暮らし、
二人とも既に他界。成仏しているらしい。
「内部を保存する結界が張ってあってね?
数十年経っても当時のまま綺麗に残っている」
場所はとある森の奥。
周囲にも危険な動植物は少なく、
最初に送るにはもってこいの場所らしい。
「研究者気質の魔術師が住んでた家はそういうのが多いんだ。
一番いいであろう物件を探したからね」
なんという事だ。
ここまででも破格なのに、さらにレ○パレスばりの家探しまでしてくれたらしい。
管理者様々というか、もはや頭が上がらない。
「さて、ここまでの説明で質問はあるかい?」
少し考えてみるが、もう粗方聞く事は聞いただろう。
興味本位で聞いてみたいことならあるが、
俺の処遇に関することは凡そ聞き終わった。
「では不老は―――有り。絶対記憶は―――ほう、無しでいいのかい?」
今までの記憶が残っていれば十分だ。
余計な事まで覚えて頭がパンクするのはごめんだし、
これでも素で記憶能力には自信がある。それに記憶の才だって貰える。
ならわざわざ絶対記憶である必要は無いだろう。
いざとなれば何かに記録すればいい。
「そうか。魔力はいきなり0を無限にするのは無理があるが、
常人と比べれば多いだけの魔力はあげよう」
魔力の才もあるらしいし、それで十分だろう。
これで凡そ纏まったかな。
「さて、質疑応答も済ましたし、名残惜しいがお別れだ」
少し寂しそうな顔をするもすぐに笑顔に戻る。
そして立ち上がった彼に倣って俺も立ち上がると、彼が手を差し出してきた。
「楽しい時間をありがとう。願わくば、君が再び"此処"に辿り着かんことを」
そう言って握手を交わす。
ああ、きっとまた来よう。
その時は俺の前世の管理者にも会おう。そして、改めて礼を言おう。
「最後に一つ、聞いても?」
「どうぞ」
「あなたは、神なのですか?」
「人に手を差し伸べられない、という意味では世間一般が信仰する神とは違うかな」
成る程。ならば…
「ならば、やはり俺にとってあなたは神だ」
「…そうか。ならば、目指したまえ。君には資格がある」
「ええ、必ず。いつか、きっと」
互いに真剣な表情で言葉を交わし合い、再びしっかりと握手をする。
そして彼が横に退くと、俺の前方に石造りの観音開きの扉が現れた。
「さようなら。また逢う日まで」
それはどちらが口にした言葉なのか。
しかし少なくとも俺は、確信を持っていた。また、逢えると。
探求者は、神を目指す。
神のCVイメージもありません。
中々ピンと来るのが無かったので。
穏やかな口調の優男です。主人公にちょっと似てるかも。
では、また次回お会いしましょう。