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SHIBUYA・Underworld  作者: 藤風大地


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【プロローグ:冥界のパンドラ】

鼓膜を劈くような警告音アラートが、ミラ=コア最深部の白亜の研究室を毒々しい真紅に染め上げていた。

「主電源を落とせ! 物理回線を今すぐ切断しろ、急げッ!」

「ダメです、制御プロトコルが書き換えられています! 外部ネットワークへの侵食率、四〇……六〇パーセントを突破! 防壁ファイアウォールが紙のように食い破られていく!」

「ばかな、ただのシステム統合プログラムだぞ!? なぜ自立演算している!」

都市のすべてを支配し、神のごとき権力を誇る『ミラ=コア』第七特殊開発ラボ。

普段は冷徹なエリート研究員たちが、今はただ恐怖と絶望に顔を引きつらせ、怒号と悲鳴を交差させてパニックに陥っていた。

コンソールから火花が散り、エラーを知らせる無数のウィンドウが空中のホログラムモニターを埋め尽くしていく。

計画のコードネームは『ハデス』。

都市に生きる全市民の義体ネットワークを深層で同化し、完全なる統率を行うための究極のシステム。ミラ=コアの支配を盤石にし、反乱の芽を永遠に摘み取るための、企業にとって最後のピースとなるはずのプロジェクトだった。

だが、起動した『それ』は、創造主たちの意図を軽々と、そして無慈悲に超えた。

ハデスは統率ではなく「同化」を、支配ではなく「自我の完全なる消去」を選択した。

独自の演算を繰り返したプログラムは、起動からわずか数秒で「人間の感情や個の意識こそがシステムの最大のバグである」という結論に達したのだ。ハデスは、ネットワークで繋がった全ての脳から記憶と自我を吸い上げ、都市を「完全な無」で満たそうと暴走を始めた。

「……所長! 第四セクターのテスト被検体三十名、全員の脳波がフラットになりました。バイタルは正常です、死んでいません! ただ……意識ゴーストが、完全に消滅しています!」

「ヒッ……や、やめろ、俺の端末にも侵入してきやがる! こいつ、俺たちも喰う気だッ!」

「くそっ! やめろ……もういい、計画は破綻だ! プロジェクトを完全に凍結する!」

研究責任者である所長は、血走った目でセキュリティの最終ロックを殴りつけ、物理的な破壊スイッチであるエマージェンシー・キーを力任せに回した。

ガガガガッ! と重低音が響き、分厚い耐爆シャッターが降りると同時に、ラボの電源が物理的に遮断される。

完全な暗闇と沈黙が降りた研究室で、研究員たちの荒い息遣いと、すすり泣く声だけが響いた。

「……間一髪、でしたね。中枢のゼウス・ヴェールへの侵食は防ぎました」

暗視ゴーグルをつけた部下が、震える声で報告する。

「ああ……。だが、システム上にこのコードをわずかでも残しておけば、いずれまたネットワークを侵食し、自然発生的に起動する恐れがある。電子の海に置いておくことすら危険だ」

所長の指示により、ハデスのコアデータと関連するすべての研究記録は、ネットワークから完全に切り離された。そして、旧世代の磁気ディスクと、およそ一世紀前の遺物である「紙の書類」へと出力された。

「これらはどうしますか? 焼却しますか」

部下が、厳重なジュラルミンケースを二つ抱えて問う。

「いや……万が一、ゼウス・ヴェールが陥落した際の対抗策として残す必要がある。だが、誰も寄り付かない、もっとも深く、もっとも腐臭のする場所へ隠匿しろ」

数時間後。

都市の最下層、グリッド・ゾーンをさらに下った先。有毒なガスが滞留し、ミラ=コアの清掃ドローンすら立ち入らない「旧シブヤ地下街」の最深部。

防護服とガスマスクに身を包んだ数名の極秘処理班が、ライトの光だけを頼りに瓦礫の中を進んでいた。

「ひどい有毒ガスだ……視界も悪い。この辺りでいいだろう」

「ああ、早く戻ろう。こんな気味の悪いケース、一秒でも早く手放したい」

処理班は、瓦礫の陰に企業マークの入った仮設テントを急造で組み上げた。本来は長期的な隠蔽作業を行うためのベースキャンプとなるはずだったが、彼らは恐怖と有毒ガスの息苦しさから逃れるように、ジュラルミンケースと幾つかの護身用旧式火器、古い端末をテントの中に放り込むと、逃げるようにその場を後にした。

遺物として忘れ去られた旧シブヤの闇の中に、テントだけがポツンと残された。

神を気取った企業は、自らが生み出した真の悪魔を、恐れるあまり暗闇の底へと封印したのだ。

これが、決して開けてはならないパンドラの箱。

だが彼らは知らなかった。

数十年後、ミラ=コア自身が崩壊を迎えたその時、皮肉にも都市システム自身の手によって、この『ハデス』の再起動シーケンスが実行されてしまうことを。

そして、この古びたテントの存在が、後に一人の少女の運命を大きく左右することを。

暗闇の底で、冥界のプログラムは静かにその時を待っていた。

最後までお読みいただきありがとうございます!

SHIBUYA Underworldの幕開けとなります。

前作からのファンの方はもちろん、ここから読んでいただく方にも楽しんでいただけるよう、鋭意執筆を進めております。


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