夜明けの境界
ハルと王女、夜明けの対話回です。
真似するな。
だが急がせるな。
森の芯が、王都に渡りました。
森の夜がほどける。
東の空が、ゆっくりと薄くなる。
王女リシェリアは、丘の上に立っていた。
眠れなかったわけではない。
ただ、考えていた。
ルナの言葉を。
「好きだから守る」
それを、どう国に持ち帰るか。
「朝は冷える」
背後から声。
振り向くと、ハルが立っていた。
外套も羽織らず、いつもの格好。
森の朝と同じ顔。
「森は、変わりませんね」
王女が言う。
「変える気がない」
即答。
だが拒絶ではない。
ただ事実。
「王都は、変わらなければなりません」
王女の声は静かだ。
「森を知ってしまったから」
ハルは空を見上げる。
「森を真似するな」
短い言葉。
王女は驚く。
「王都は森じゃない」
「急ぐ理由がある」
「背負うものも違う」
森は小さい。
守る範囲も限られる。
王都は違う。
比べれば、必ず歪む。
「では、何を持ち帰ればいいのですか」
王女は問う。
理想をそのまま制度に入れれば壊れる。
だが何も持ち帰らなければ意味がない。
ハルは地面にしゃがむ。
指で土をなぞる。
「急がない時間を作れ」
王女は目を細める。
「時間……」
「全部急ぐな」
「全部止めるな」
森は全部を遅くしているわけではない。
畑は回る。
水は流れる。
だが“急がせない”。
それだけ。
「王都にも、急がせない時間を?」
「一つでいい」
余白は広くなくていい。
ただ、消えないこと。
王女はゆっくり頷く。
「急がせない制度を、ひとつ作ります」
教育か。
交易か。
政策か。
まだ形はない。
だが芯は決まった。
「森は守られる」
王女が言う。
ハルは肩をすくめる。
「守られる気はない」
少し間を置く。
「壊されなきゃ、それでいい」
東の空が明るくなる。
ソラの声が遠くで聞こえる。
「あー」
森が目を覚ます。
「また来ます」
王女が言う。
今回は宣言ではない。
自然な言葉。
ハルはうなずく。
「急がずにな」
王女は微笑む。
「はい」
森は今日も森。
王都は今日も王都。
だが両者の間に、境界ではなく“時間”が置かれた。
急がせない時間。
それが、未来の種だった。
急ぐことは悪ではありません。
ですが、急がせ続けると壊れます。
森は変わりません。
王都が、少しだけ変わります。
―― 月灯り庵




