境界を測る者
正式な王都役人が森に来る回です。
正面からの制度。
森は怒らず、囲われません。
森の入口に、整然と並ぶ一団が現れた。
王都の正式な紋章。
測量道具。
書記官。
そして監査官。
今回は隠れていない。
正面からだ。
「王都商業院および土地監査局の合同調査である」
代表の役人が宣言する。
声は高くない。
だが制度の重みがある。
「精霊の森周辺区域の正式測量を行う」
合法。
拒めば“反抗”。
受け入れれば“枠内”。
ハルは丘から降りてくる。
慌てない。
怒らない。
「目的は」
短い問い。
「土地利用の明確化」
「税制適用範囲の確認」
「教育施設の登録」
言葉は整っている。
だが本質は一つ。
囲う。
森の子どもたちが見ている。
バルドが拳を握る。
ミナは静かに立つ。
カイが一歩下がる。
ソラが「あ」と声を出す。
精霊が、やや鋭く揺れる。
「森は国に属する」
役人が言う。
「王の領地である以上、測量は当然だ」
正論。
制度の上では。
ハルは地面を軽く踏む。
「この森は、誰のものでもない」
「暮らしているだけだ」
役人の眉がわずかに動く。
「理想論だ」
そのとき。
エリシアが目を閉じる。
精霊が一斉に揺れる。
強くない。
だがはっきり。
空気が変わる。
測量棒の先が、わずかに震える。
「……魔法か?」
役人が警戒する。
「違う」
ハルが言う。
「森の呼吸だ」
測るなら測ればいい。
だが線は引けない。
木々は固定されない。
境界は動く。
森は“区画”にならない。
役人は慎重に歩を進める。
杭を打とうとする。
だが地面がわずかに崩れる。
偶然のように。
だが何度も。
正確な直線が引けない。
「偶然か」
書記官が呟く。
「森は直線を嫌う」
ユリウスが静かに言う。
制度は四角でできている。
森は円でできている。
噛み合わない。
長い沈黙。
役人は道具を下ろす。
「本日の調査は保留とする」
敗北ではない。
だが進展もない。
森は拒まなかった。
だが囲わせなかった。
去り際。
役人が言う。
「王は観察を選んだ」
「だが制度は止まらない」
ハルは頷く。
「森も止まらない」
互いに敵意はない。
だが線は引かれなかった。
夕暮れ。
子どもたちが笑う。
水路が流れる。
精霊が揺れる。
森は変わらない。
だが王都は、確実に知った。
森は壊れにくい。
そして囲いにくい。
線を引けない場所があります。
それは曖昧だからではなく、形が違うから。
森は今日も円のままです。
―― 月灯り庵




