森の夜
王女が森で一晩過ごす回です。
昼では見えない、森の“芯”。
夜は本質を映します。
森の夜は、暗くない。
月明かりが葉を透かし、精霊が淡く揺れている。
王女リシェリアは、簡素な客用の小屋に案内された。
「豪華ではない」
ルナが穏やかに言う。
「十分です」
王城の天蓋付きの寝台よりも、今はこの木の匂いが落ち着く。
夕食は静かだった。
昼より言葉が少ない。
だが、温度がある。
子どもたちは眠気と戦いながら笑っている。
ソラは揺り籠でうとうとしている。
「夜の森は違いますね」
王女が小さく言う。
エリシアが答える。
「昼は動き、夜は整う」
森は休まない。
だが騒がない。
食後、ハルが外へ出る。
王女も続く。
丘の上。
星が近い。
王都よりも、ずっと。
「怖くないのですか?」
王女が問う。
「何が?」
「無防備でいること」
ハルは少し考える。
「無防備じゃない」
「信頼してるだけだ」
誰を?
森を。
子どもを。
精霊を。
そのとき。
風がわずかに強まる。
精霊が一斉に揺れる。
昼とは違う波。
深く、静かな波。
王女は息を呑む。
「これが……」
エリシアがそっと言う。
「森の本質」
昼は形。
夜は芯。
ソラが小さく声を出す。
「あ……」
眠りながら。
精霊が、王女の周囲に集まる。
拒まない。
だが試している。
揺れに乱れはないか。
恐れはないか。
奪う意志はないか。
王女は目を閉じる。
何もしない。
ただ呼吸を合わせる。
急がない。
掴まない。
押さえ込まない。
やがて揺れが穏やかになる。
「通ったな」
レイナが小さく呟く。
試験ではない。
だが確認はあった。
森は、夜に本音を出す。
それを乱さなかった。
「広げない理由が、もう一つ分かりました」
王女が言う。
「夜を守るためですね」
昼の発展は目立つ。
だが夜の静けさは、広げすぎれば壊れる。
森は夜を守っている。
星がゆっくり流れる。
王女は初めて、王都を思わなかった。
ここにいる今を、ただ感じている。
それが何より新しかった。
森は静か。
王女も静か。
だが確実に、何かが変わっていた。
それは決意ではない。
理解でもない。
ただ、芯に触れた感覚だった。
森は昼に広がり、夜に整います。
王女は森の夜を知りました。
次は、王女の中で何が変わるのか。
―― 月灯り庵




