森の一日
王女が森の一日を体験する回です。
理屈ではなく、土と水と体温で知る。
森は変わらず、王女が変わります。
朝の森は、音がやわらかい。
鳥の声。
水路のせせらぎ。
遠くで笑う子ども。
王女リシェリア――今は学徒リシェは、まだ少し慣れない外套を整えながら立っていた。
「今日は客扱いしない」
ハルが言う。
「手伝ってもらう」
王女は頷く。
「望むところです」
最初は畑だった。
土に触れる。
王城では触れたことのない感触。
湿り気。
温度。
「重いですね」
籠を持ち上げながら、素直に言う。
レイナが笑う。
「だから皆でやる」
誰も急かさない。
遅れても叱られない。
だが自然と動きが合う。
次は水路の掃除。
カイが慎重に石をどける。
ミナが流れを見ている。
「壊れない形を選ぶ、でしたね」
王女が小さく言う。
ハルはうなずく。
「壊れたら困るからな」
難しい言葉はない。
だが実践がある。
昼。
森の野菜と、港町から届いた干物。
王女は自分の手で焼く。
焦がしかける。
ルナがそっと火を整える。
「急がない」
その一言で、焦りが消える。
口に運ぶ。
昨日よりも、味が深い。
自分で触れたからだ。
午後は学校。
ユリウスが問いを置く。
「森はなぜ広げない?」
子どもたちが考える。
答えはひとつではない。
王女も考える。
王都なら、拡張は力。
森では、深さが力。
どちらが正しいかではない。
違うだけ。
夕方。
丘の上。
ソラが揺り籠で手を伸ばす。
王女は、そっと近づく。
触れていいか分からない。
だがソラの方から、指を握る。
小さく、温かい。
その瞬間。
胸の奥がほどける。
「怖くない?」
ハルが問う。
王女は首を振る。
「怖いのは、知らないままでいることです」
森は静か。
だが弱くない。
命令がなくても回る。
急がなくても進む。
それを、体で知った。
夜。
星が森を包む。
王女は空を見上げる。
王城とは違う星。
だが同じ空。
「広げない理由が、少し分かりました」
ハルは隣で言う。
「広げると、壊れるからな」
森は守るものが先。
それだけ。
王女は深く息を吸う。
森を理想化しないと決めた。
だが、否定もしない。
ただ知る。
それが今日の収穫だった。
理解は、体験から生まれます。
王女はまだ選びません。
ただ、知りました。
それが大きな一歩です。
―― 月灯り庵




