負けるということ
バルドが初めて“負け”を経験する回です。
強さを否定せず、止まることを学ぶ。
森らしい成長の形を描きました。
その日は、木剣の稽古だった。
レイナが円の中央に立つ。
「今日は型の確認だ」
だがバルドは、どこか落ち着かない。
最近、ミナの凪やカイの慎重さに押される場面が増えていた。
強さを見せたい。
そういう顔だった。
「俺とやれ」
バルドが声をかけたのは、獣人族の少女リズだった。
素早い。
だが力では劣る。
バルドは余裕の笑みを浮かべる。
「いくぞ」
木剣が打ち合わされる。
重い音。
最初は、バルドが押していた。
だがリズは下がらない。
逃げない。
よく見ている。
三度目の打ち合い。
バルドの踏み込みがわずかに大きくなる。
その瞬間。
足元の砂が崩れる。
体勢が流れる。
ぱしん、と乾いた音。
木剣が落ちた。
静寂。
バルドが呆然と立つ。
リズも驚いている。
「……今のは」
レイナが口を開く。
「踏み込みが強すぎた」
バルドの拳が震える。
「そんなの……」
言葉が続かない。
周囲の子どもたちが見ている。
同情も、嘲笑もない。
ただ、見ている。
それが逆に、胸に刺さる。
「俺は、強いはずだ」
小さく漏れる。
ミナが近づく。
凪は使わない。
ただ隣に立つ。
「強いよ」
それだけ言う。
「でも、止まらなかった」
バルドは目を伏せる。
「止まるって、なんだよ」
ユリウスが静かに言う。
「勝つために動いたのか」
「壊さないために動いたのか」
問いが置かれる。
バルドは考える。
自分は、押し切ろうとした。
勝ちたかった。
強いと証明したかった。
リズが小さく言う。
「怖かった」
バルドが顔を上げる。
「強いから」
その言葉は、誇りではなかった。
負担だった。
バルドは木剣を拾う。
今度は構えが少し低い。
「もう一回だ」
レイナが笑う。
「いい顔になったな」
打ち合いは続く。
今度は踏み込みが浅い。
視線が広い。
一撃は重くない。
だが、崩れない。
夕暮れ。
丘の上。
バルドが一人で素振りをしている。
ハルが近づく。
「悔しいか」
「……うん」
正直な声。
「でも」
木剣を握り直す。
「負けた理由、分かった」
ハルは頷く。
「それで十分だ」
ソラが揺り籠から「あ」と声を出す。
精霊が揺れる。
強くない。
優しい。
バルドが空を見上げる。
負けた。
だが、壊れていない。
むしろ、少し広がった気がした。
森は甘い。
だが甘いだけではない。
負けることも、育つことの一部だった。
勝つことよりも、崩れないこと。
負けは終わりではなく、広がりです。
次世代は、少しずつ大人になっています。
―― 月灯り庵




