#28 Autres
「ただいま」
誰もいない広大な家に、詩織の声が虚しく響いた。
詩織は、そのまま自室へと向かう。
広い部屋。普段はなにも感じないのに、今の詩織にとってこの部屋は広すぎた。
部屋の一角にカバンを置く。そして、制服のタイを緩めようとした時だった。
脳内に、メールの着信を告げる楽曲のサビが流れる。
大人気5人組ガールズバンド"CHRONiCLE"の新曲「INFINIT COLORS」だ。
今詩織がハマっているバンドであり、そのうち綾たちとライブに行けたらいいなぁ、などと思っていたりする。
詩織は、アプリケーションを展開し、メールを見る。
送り主は、リオナだった。
"センパイが今どこにいるか知っていますか?"、と書かれていた。
詩織は首を傾げながらも、"知らない。でもどうして?"と返信した。
そう間を置かずに、リオナからの返信は届いた。
"さっきからなんか落ち着かなくて"――メールにはそう書かれていた。
そして、"ログを調べてみます"、とも。
どうやって調べるのだろうか、と詩織は疑問に思ったがそれも一瞬のことだった。
綾は、電子世界で戦っている。どこへ行くかは言っていなかったが、それはもはや関係ないことだ。
どこだろうと、今の自分の力では逆に足を引っ張るだけだ。
そう、今は、まだ。
数分後、再びリオナからメールが来た。
"詳しくは言えませんが、ログを調べたらTN.007430に行ったことがわかりました。私たちも行ってみましょう"。
どれくらいそうしていただろうか、私はそのメールを見ながら、しばらく固まっていた。
うまく思考が回らなかった。私たちということは、私も一緒に行こうということだろうか。
まぁ、他にはないだろう。
確かに、綾のことは気になる。綾が強いのは分かるが、それでも全く心配していないと言えば嘘になる。
だけど――。
私は、仮想キーボードを叩いて、文字を入力した。
"私は、行かない"。
行っても、邪魔になるだけだ。私が行ったせいで、他の誰かが負う必要のなかった怪我を負ったら、それこそ元も子もない。
だから詩織は、そう返信をした。
数十秒後、返信の代わりとばかりに、来客を告げる音が家の中に響く。
詩織は、そういえば誰もいないんだっけ、と呟きながら、仕方なく階下へと降りて行った。
そうして、エントランスホールへと向かい、総合自動電子ロックを解除して扉を開けると、そこには学校の制服を着たリオナがいた。
さらに正確に言えば、私立アンジエスタ学園中等部の制服を着たリオナが。
リオナは、詩織の腕を掴むと、無言のまま外へと引っ張り出した。
詩織は、体勢を崩しながらもなんとか革靴を履くことに成功する。
そして同時に、詩織はリオナへの抵抗を諦めた。
というのも、腕を掴む握力がかなり強く、どうやっても振りほどけそうにもないためだ。
さらに言えば、間違いなく幻視だろうが、リオナから赤色のオーラというか覇気のようなものが、擬音つきで発せられているように見えたからだ。
「VCC、座標指定、SN.007430――ログイン」
リオナによって、詩織は半ば強制的に、電子世界へとログインした。
ちなみに、この時詩織はこんなことを考えていた。
――そういえば、時間あったのに着替えるの忘れてた。