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メスガキサキュバスvsドスケベ催眠おじさん

 いつかの繰り返しになるが、サチコは人間の女児と変わらぬ外見をしている。ファッションこそ先進的なれど、人間の服装の範疇。たとえ不審に思っても、強引に制止するほどの疑念には至らない。

 だからこそ。こうして「勇者と一般人がお近づきになってもよい」大義名分を与えられれば、ただ両足を動かすだけで、ドスケベ催眠おじさんの目の前まで歩いていけるのだ。

 実際、村民たちは、その女児が旧ネロイ村を滅ぼした邪神の手先とは気づきもせず、よその街の子かなぁ、かわいいおべべ着てるねぇ、なんて言って、子ども優先の原則に従い、簡単に道を明け渡してしまう。


 対魔騎士も、ケヴィンも、リナですら、その正体に気づかない。

 人間(かれら)には、「魔物はダンジョンにいるもの」という常識があるから。

 ガーファンクルも、ミリオンも、クソツヨナメクジも、広場の隅でおとなしく待機しているだけ。

 召喚獣(かれら)は逆に、「魔物が街中に居るかどうか」をいちいち気にかけていないから。


 サチコはたやすく、ドスケベ催眠おじさんのもとへ辿り着いた。


 手を伸ばせば届く距離。ナイフを突き出せば刺さる距離。童顔に反した妖艶な笑みで、サキュバスは挑発するように桃髪を揺らす。


「あれぇ? 勇者サマどうしたのぉ? 黙りこんじゃってさぁ……♡」

「えっ、あ、ああ、その、珍しいなと思って」


 自分を見下ろすドスケベ催眠おじさんの揺れる瞳を観察して、サチコは愉快そうに返す。


「もしかしてぇ……気になっちゃう? あたしの格好ぉ♡ 魅惑のナマ足に見とれちゃったぁ?」

「い、いや、決して変な意味じゃ……!」

「ひひひ♡ 強がっちゃって」


 勇者はすっかりサチコのペースに呑まれてしまったらしい。気をよくした彼女は、勝利へ着実に歩を進めていく。


「ね~ぇ、勇者サマ? あたし、欲しいモノがあるんだぁ……♡」


 華奢な両手を後ろで組み、計算されたいじらしい動作を見せる。


「あっ……ウン、そうだよね」


 急かされたと感じたドスケベ催眠おじさんが、催眠のため杖を構えると


「ン~! ちがうの。もちろん、催眠もイイけどぉ……♡」


ツインテールを横に振り振り、サチコは艶めかしい声色で否定する。


「あたしとお……オ・ハ・ナ・シ♡ してくれるっ?」


 ドスケベ催眠おじさんは苦笑を浮かべる。


「う~ん……待ってる人もいるからなぁ……」

「ちょっとでいいの。ほんとにちょっと。先っぽだけ。ね、オネガイ♡」

「ちょっとだけなら……」


 押しに負けたドスケベ催眠おじさん。サチコは満足そうにコトを勧める。


「うん、本当にちょっとだけでいいの。短く手早く、それでいて濃密なジカン」


 サチコは一転して無垢な少女のごとく曇りなき微笑みを浮かべた。ピンクの双眸(そうぼう)があまりにも真っすぐ突き刺さってくるものだから、ドスケベ催眠おじさんはどこか気まずくて視線をそらした。


「むぅー、ダメッ! 大事なオハナシするときはぁ、相手の目を見てシないと、でしょ♡」


 ふくれっ面の女児からの指摘。なんだか親に礼儀でもしつけられているような奇妙な感覚すら覚える。ドスケベ催眠おじさんは、おっかなびっくり、サチコと視線を交わらせる。


「よくできました♡ えらいえらい♡」


 女児がおじさんを褒めるさまは、まるでこの場だけ、年齢という概念が逆転したかのよう。平和でありながら異様な雰囲気があいまって、ドスケベ催眠おじさんの瞳はやがて、サチコの深い深いピンクに吸い込まれて離せなくなり……


「そう……」

「イイよ……」

「来て……」


 招くよう重ねられるサチコの言の葉。発声と動作、純粋な技術による心理の誘導。


「もっと深く……」

「奥の奥まで……」

「そこ……底だよ……」

「『(とばり)の奥』」

「『魔女の鍋底』」


 それがいつしか魔力を帯びて、()()に移ったことも気づかせず。


「『偽りなれど』」

「『仮初なれど』」

「『一夜(ひとよ)も夢と染まったならば』」

「『宵闇を抱き、晩鐘に抱かれよ』――」


 魔眼がぎらり。


「《夢魔(エンプーサ)()抱擁(エンブレイス)》」


 魔力が(はし)れば、周囲も流石に異変を察する。身軽なリナとミリオン、そして《ショートワープ》の使えるクソツヨナメクジが割り込もうとするが、至近距離で放たれた魔眼系スキルを後手で防ぐには、わずかに足りなかった。

 強力な「魅了」の状態異常を孕んだ光線が、勇者の瞳を貫き、包み込み――


――バチンと火花が散り、弾かれた。


 ドスケベ催眠おじさんは平然と目をぱちくりさせる。


「は?」


 サチコは呆けた。失敗? 抵抗(レジスト)された? ありえない。自分は人を惑わし、心を奪う術法に長けたサキュバス。そのなかでもエリートの高レベル魔術師。特に専門家でもない(ミリオン)の「魅了」ですら成功したのに、サキュバスの上級魅了魔法が効かないなんて、あり得ない。


「え――《夢魔(エンプーサ)()抱擁(エンブレイス)》! 《夢魔(エンプーサ)()抱擁(エンブレイス)》ッ!!」


 まさか、状態異常を一度きり防ぐ【加護の丸薬】でも奥歯に仕込んでいたというのか? 勇者が想定以上に用心深かった可能性も考え、詠唱省略で同じ術を連発するが、どれも結果は変わらず。


――ぬぼどどどどどっ!!


 ほどなく頭上からナメクジが降り注ぎ、サチコは取り押さえられた。




◎ ◎ ◎ ◎ ◎




「敵襲ッ!!」

「こちらに退避を!」


 数瞬遅れて事態を把握した対魔騎士団が、村民を遠ざける。リナとミリオンは地にひれ伏したサキュバスのもとへ滑り込むように到着し、いつでも頭を吹き飛ばせると言わんばかりに掌底や爪を突きつける。最後にガーファンクルがギロチンのごとく大剣を高く掲げて静止させれば、尋問の場が出来上がった。


「どういうつもりですか。事と次第によっては」


 リナはサチコの正体まで察せずとも、相手が高位魔術師で、勇者に術をかけようとした不届き者であることは把握しており、ただそれだけで、言わずに切ったセリフの先に、殺意を込めるには十分すぎる理由だった。

 ミリオンは思いのほか冷静に、こいつのHP何秒あれば削り切れるかな、なんて目算を立てている。


「うぶ……むぐゅ……なっぶむぇ……」

「あ、なんか喋りそうだからどいてあげて」


 サチコがナメクジの下で何かモゴモゴ溺れたような声を発していることに気づき、ドスケベ催眠おじさんはクソツヨナメクジに指示を出す。拘束するのに最低限の重量だけ残して頭部からナメクジを取り除いてやると、サチコは涙声か息苦しいだけなのかわからない頼りない声音で絞り出した。


「なんでっ……サチコの魔法が効かないのぉ……」


 サチコにとって魅了のちからはアイデンティティそのものだった。ぶっちゃけ魔法以外では一般人をレベル差頼りに殴り殺すぐらいしかできない彼女には、魅了こそご主人様の役に立てる唯一の方法だった。

 敗北そのものや、追い詰められた状況よりも、《夢魔(エンプーサ)()抱擁(エンブレイス)》が失敗したことこそが、何よりもサチコを追い詰めていた。


「あー、それね……確認だけど、きみ、サキュバスで合ってる?」


 ドスケベ催眠おじさんの指摘に、辺りはざわめき、サチコは目を見開く。


「気付いてたの……!? いつから……!」

「気付いたっていうか……」


 ドスケベ催眠おじさんは頭を掻いた。あたかも「衝撃の事実に触れました」みたいな雰囲気になっているけれど、これに関しては全く自分の手柄ではないし、勘の鋭さとか、頭の良さとか、まるっきり関係ないのだ。


「ホラ、僕、こんなだけど、いちおう主人公キャラ……みたいだからさ」


 なんのことはない。単に、サチコの頭の上に……


【サキュバス Lv.69】


……などと、身もふたもない機械的メッセージが表示されていたのだ。


「見えるんだ。魔物の種族名……」


 はじめからずっと見えていた。何なら「ちょっと待ったァ!!」の直後から見えていた。こっちに歩いてくるときも【サキュバス Lv.69】が一緒についてきてたし、なんか呪文唱えてるときも【サキュバス Lv.69】がまぶたの上のほうにチラチラしていた。


「な、な、な……! 知ってて、あたしを泳がせてたっていうの……!?」

「そういう意図はないけど……みんな、あまりにも普通に受け入れてたから……」


 はじめからずっと思っていた。あの、【サキュバス Lv.69】いますけど? 高レベル魔物こっち来てますけど? って思ってた。でもみんな普通に道をあけてたし、よその子かなぁとか言って普通にしてたから、現代ムートポスではヒト型魔物が人里にいるの普通だったりするのかな、とか思ってた。そう信じないとやってられなかったのもある(正常性バイアスというやつだろうか)。

 本人を前にいきなり「君サキュバスだよね?」と尋ねたりするのも不自然で、種族を理由にコミュニケーションを拒否するのも無礼なことのように思えたし(調和と多様性を重んじる日本的道徳教育の産物)。

 会話のなかにちょくちょくスケベっぽい単語を混ぜてくる人外が身近にいて感覚が麻痺していたこともあって(主にミリオンのせい)。

 とうとう誰にも相談できないまま、至近距離で魔法を受けることに至ってしまった。


「だとしても警戒するよねフツー!? なんで確認不足のままズルズル最後までイっちゃうの!? ワッッッケわかんないこのひと危機管理能力ザコザコすぎ!!」

「なんでオマエがツッコミにまわるのさ」


 すごい剣幕でまくしたてるサチコを、ミリオンがさっぱり切って捨てる。ドスケベ催眠おじさん本人はというと、サチコの指摘が胸に刺さってちょっぴりグロッキーになっていた。


「だって……だってぇ……ひっぐ……おかしいもん……こんなっ……ふぐっ……こんなザコに……っ」


 現実を受け入れられず、サチコは泣きじゃくる。夢を友とする淫魔であっても、好き勝手に夢の世界へ逃避できるわけではない。

 相手が魔物とはいえ、ドスケベ催眠おじさんは同情を禁じ得ない。


「あー……少しだけど、気持ちわかるよ。僕もゲームで最初にサキュバスと戦ったとき、特に対策もしてないのに、どうして魅了を防げるんだろって思ったもん」

「あんた自身にもわからないの!?」

「今はわかってる。昔wikiで……あー、先人の知恵を借りたから」


 ドスケベ催眠おじさんは親切にも、自分にサチコの魅了が効かない理由を教えてやる。


「サキュバスの魅了スキルってさ……内部的には『睡眠』処理が先にくるらしいんだよね……」




クソどうでもいい追伸:

 第20部分「危機感ビンビンビンビンビンビンビンビン……チクッ」において、人間がウンコしない世界観にもかかわらず、ムートポス人が「トイレ」と発言する場面があったため、修正しました。

 このたびは存在しない便所を発生させてしまい、誠に申し訳ございません。


 ……書いてて思ったけど話のサブタイトル含めおかしな部分しかない謝罪文だなコレ


 みんなも作者がうっかりトイレを書いちゃうミスがあったらどんどん指摘しよう!

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