皇妃処刑
――神聖なる神の祝福の元に婚姻した皇帝と皇后を口の端にのぼらせるのも憚られる方法で貶めようとした邪悪な魔女は対峙され、めでたし、めでたし。
お伽噺ならばそうあるべきであるだろう。しかしながら、現実では愛は冷めるし、周囲の環境も、お互いの心も移り変わる。血で血を洗う政争の中では『いつまでも』などと幸せにいられる保証はない。
王権の強い時代に置いて、王族、特に国王及び皇帝(女王も含まれる)の結婚は国の命運をも握りかねない重大事項であった。政治的な思惑やつり合い、宗教が同じか、世継ぎの子供を産むことが出来そうか(主に女性の側の妊娠能力が問われた)、婚姻によって戦争を引き起こすような複雑な事情がないか。また美しく、国民の人気を得ることができるような王妃足り得るかなど求められるものは多かった。これで莫大な持参金を持って来たり、結婚によって領地が増えるのならば言うことは無い。
政治的な均衡を考慮したそれに個人的感情が入り込む余地はない。もっとも世継ぎがつくることが優先的な目的であるために、年齢などは考慮されることもあるが10歳以上年齢の離れた夫婦が生まれることもないわけではなかった。
そんな調子であるので、有力国の王子、王女は幼少期のうちに未来の結婚相手が決められていることも珍しくはなかった。
そういう意味であるのならば、太陽に祝福された帝国、華麗にして優雅が尊ばれ、賢君によりもっとも繁栄したと讃えられる御代の皇太子は恵まれていたと言える。
生まれてすぐに婚姻相手は見つけられることになる。
それは帝国発足時から帝国を支え続け、皇族の降嫁すらあった大貴族であり広大な領地を持つヴィッテルス侯爵家の娘のクラウディアであった。幼いうちから未来の皇后として、美貌と才知を持ち、優雅な挙措、どこにだしても恥ずかしくないよう大陸中のどの主要国とも言葉が通じるようにと徹底的に教育されていた彼女である。美貌、才知も揃い、年も離れていないとなれば、政略結婚でどんな不器量な相手でも結婚しなければいけない立場の王侯貴族からしてみれば、血涙を流して羨ましがるような物件である。
しかしながら、どうして有力国の姫君ではなく、侯爵家からということになると、帝国が極めて安定しており、結婚外交の必要がなかったこと、そして遅くに生まれた皇太子が国内を纏める為に外国人の妻よりも国内の大貴族の娘を娶ることを優先したという事情もある。幸か不幸か、この時代、国内の有力な皇族、貴族に年の近い娘がいなかったタイミングで、これ以上ない娘がいたのだから婚約させないわけがない。
更にクラウディアの異母姉が、今は帝国の一部扱いにされているとはいえ実質的には独立国に近い、独自の軍隊と議会を持つ公国の継承者であるということもあったのだ。事実的には王妹に近い存在であった。何かと独立色が強く、自治を守る公国の娘を入れるのは抵抗が強いが、その妹であり生粋の帝国貴族として育てられた姫君であるならば、というわけである。
帝国の教会による神の祝福により、皇太子が「婚姻せよ。愛により帝国は繁栄する」と齎されていたということもあった。
帝国一の才女にして、美貌の姫君は多額の持参金も持たされ、あとは盛大な結婚式を挙げるだけという状態の際に、建国の伝説、神の奇跡のような乙女が現れてしまい、その乙女を妻として娶ることが正しいのだと言い出し、驚愕する貴族たちが根回しをするまでもなく、権威を取り戻したい教会はその乙女を神の御心のもの、祝福されし乙女としてしまった。
ここまで宣言されてしまえば、秘密裏に事を済ますことも出来ない。
結果として、美しい乙女は皇后へとなり、皇后となるべく育てられた姫君は【皇妃】という位を設け、国を支えることになったのである。
結果として、ほんの二年の間に帝国貴族を揺るがす大政変が勃発した。
反逆罪でヴィッテルス侯は裁判無き処刑、娘であるクラウディアは一度目の早産が原因の死産と二度目の流産の後に、「反逆罪、皇后の暗殺を企て、呪いを行った罪」と父親である侯爵を謀殺した一ヶ月以内に処刑が執行される。皇妃という立場も本来は根拠がないものであり、無効として皇族としての地位を剥奪した。手回しの良さは以前から邪魔な皇妃を排除しようと考えていたかとしか思えない。皇妃クラウディアの衝撃は大きかっただろう。
有能でありながら我儘で神経質な皇帝と右も左もわからぬ皇后に仕え、公務を果たし、自分が手に入れるはずの場所に座る見知らぬ少女に頭を下げながらの日々であり、天真爛漫さよりも賢さと実務を取り仕切り、可愛げがない、冷たいと言われながらも歯を食いしばり耐えてきたというのに。離縁されるかもしれないとは思っていても、ここまでの仕打ちをされることとは思っていなかっただろう。
皇帝は元皇妃の処刑に祝杯を挙げたと言われている。




