第四十六話 シュージューノ・ローゼンベルグ⑦
普段は一般科校舎の門をくぐるアルジーノは、今日は専門科の門をくぐり、そのまま決闘場へと足を向ける。
鉄製の門は既に開いており、中に入ると、アリーナの中央にある舞台上に寝転がっていた彼は、アルジーノを見て待ちかねたように立ち上がり両手を広げる。
「よお、アル! やっとお前の方から来てくれたなぁ」
「兄上……。母上の墓を荒らしたのは――」
「あぁ? 俺だと分かったからここに来たんだろ? くへへへへ!」
アルジーノは握った拳にさらに力が入る――もちろん答えなど分かりきった質問だったが、相変わらず弟をからかうような兄の態度からは、反省など微塵も感じられない。
アルジーノの怒りを読み取ったのか、シュージューノはさらに高らかに笑う。
「いいぜアルぅ――お前のそういう目が見たかったんだよ。あの日屋敷でキングーノを見ていた、その目だよ」
アルジーノにはどの日のことがもはやどうでもよく、制服のポケットから杖を抜くと兄に向けて構える。
「あんたを……殺す――」
「くへへへへへ! 想像以上にやる気になってくれてるなぁ。じゃあまず、お手並み拝見といこうか」
シュージューノも舞台上で自身の頭上に杖を構えると、その先端に向けて周囲の空気が集まっていく。
「――『旋風氷鋭牙』!」
頭上の杖をアルジーノに対して振りかぶると、その先端から竜巻が起こり、その風に乗って無数の氷の牙が飛来する。
風と氷を複合した魔法で、初見の魔法に対してアルジーノがどう対処するのかを見る――それが彼の言う『お手並み拝見』ということなのだろう。
――さぁ、どうする、アル!?
「――『旋風豪火炎』」
アルジーノが杖を構えると、――ドンッ、という音と共に、その先端から巨大な炎の渦が生成され、シュージューノの竜巻を飲み込み、次々に氷を溶かしていく。
シュージューノの先端から発された氷の渦と、アルジーノの杖から発せられた炎の渦が、二人の間でかち合う。
決闘場内には暴風が吹き荒れ、小石や砂埃が舞い、二人は腰を低くすることで体が浮かび上がりそうになるのを凌いでいる。
「くははははは! いいぜアルぅ! やっぱお前は最高だなぁ!」
シュージューノが叫ぶと、彼の杖から発される氷の渦がさらに強さを増す。
炎の渦が一瞬押されたかと思うと、アルジーノは大きなため息を吐くと冷ややかな目で渦の向こうにいる兄を見た。
「調子にのるな。殺すと言ったろ――!」
ドンッ
アルジーノが放った炎の渦は急激に巨大化し、たちまち氷の渦が消失していく。
「おっと……!」
シュージューノにまで炎が到達しようとしたその瞬間、咄嗟に舞台から飛び降りて攻撃を躱す――そのまま炎の渦は決闘場の観客席に直撃して爆発し、砕け散った石片がシュージューノの周囲に飛散する。
「くへへへ! 大した威力だなぁ。こりゃあ、多少本気を出しても大丈夫そうじゃねぇか、アル――」
アルジーノの攻撃を躱してにやりと笑うと、兄は再度頭上へ向けて杖を構える。
「とっておきを見せてやるよ。――『凍結空間』」
彼が呪文を詠唱した瞬間、その足元から氷が伝い、アリーナ全体を覆っていく――それは観客席、天井へと広がっていき、ついには決闘場全体が巨大な氷の中に包み込まれてしまうのだった。
周囲の気温は信じられないほどに低くなり、息は白く染まり、体がかじかんでうまく動かせない。
「――『炎塊』」
少しでも暖をとろうと、自分の足元にアルジーノは炎を焚く――しかし、その炎もアルジーノが想定していた大きさよりずっと弱々しい。
「――この魔法は、俺が最も力を発揮できる空間を生み出すんだぁ。炎魔法を使いたいなら、もっと頑張らねぇとなぁ?」
――ちっ、と舌打ちをしながら、アルジーノは再び先ほどの渦を兄へ放つ。
「――『旋風豪火炎』!」
杖の先端から放たれた魔法は先ほどとほぼ同じ威力だった――しかし、アルジーノはそれをさっきよりもずっと強い威力で放ったつもりだった。
どうやら、この空間で炎魔法を扱うことは不利になるのかもしれない。
「どうした、アルぅ! もっと俺を楽しませろ! ――『氷鋭牙』!」
シュージューノは杖も構えずに詠唱すると、アルジーノは自身の背後で音がしたのでハッとする。
振り向くと、生成されたつららが自分の方へまさに飛んでくる瞬間だった。
――なんだよそれは……!
ガキンッ
避けられない――と思った瞬間、無詠唱で『障壁』が発動した。
一旦は防げたものの、次々にアルジーノを囲うように氷が生成されていく。
「『凍結空間』では、俺はどこからでも自由に魔法を発動させることができるのさぁ――逃げ場はないぜ、アル。いつまで防ぎきれる? お前は俺をまだ楽しませてくれるのか?」
炎の渦を中断したアルジーノは、詠唱によって『障壁』を生成し自分の体を覆う。
次々に飛来する氷はやはり『障壁』を破壊できるだけの攻撃力を持っている。
『障壁』の耐久力にも限界はある。
それでも、ライバの光魔法で攻撃される以前は、相手から受けた攻撃でそれが破壊されるということはなかった――シュージューノの氷魔法は、これまでのどんな相手よりも強い。
次第に『障壁』に亀裂が入っていくが、新たにバリアを張ったとしても周囲には次々に氷が生成され、攻撃の手が休まることはなさそうである。
『障壁』を解除して氷を躱そうにも、数が多すぎる上、『凍結空間』を何とかしない限りは相手の掌の上だ。
――くそが……。どこまでも面倒くさい……!
アルジーノは頭上に杖を構える。
「――『乱大炎塊』!」
アルジーノの頭上、決闘場の天井近くで爆音がすると、巨大な炎の塊がいくつも生成される。
それらはまるで太陽のように煌々と決闘場内を照らし、たちまち気温が上昇していく。
「あっちぃ! おいおい、お前もただじゃすまねぇぞ、アルぅ!」
「殺すと言ったあ!」
アルジーノが杖を振り下ろすと、決闘場の中へ豪炎が降り注ぐ――躱そうとするシュージューノだったが、炎が大きすぎてとても逃げきれない。
「――『氷晶壁』!」
炎とシュージューノの間に、巨大な氷の壁が生成される――炎がそれにぶつかると、巨大な音を立てて壁は砕け散った。
ドオオオオオン
「くへへへへへ!」
爆風によって吹き飛ばされ、石造の観客席に叩きつけられながらも、シュージューノは嬉しそうに笑っている。
アルジーノが放った炎は決闘場のアリーナにも観客席にも降り注ぎ、幾度も巨大な爆発が起き、砕けた石が飛び散った――当然、アリーナにいたアルジーノもただではすまない。
「くっ……!」
舞台に落ちてきた炎によって爆発が起こり、その反動でアリーナの壁に体が叩きつけられる。
アルジーノの狙い通り、シュージューノの魔法によって形成された氷の世界は、瞬く間に消失した。
果たしてそれは決闘場を破壊したからなのか、シュージューノに魔法を持続させる隙を与えなかったからなのか、今となっては分からない。
先日の巨大ネズミ乱入事件時よりも、決闘場の有様はひどいものだった。
ほぼすべての観客席は崩れ落ち、舞台も大穴が空いている。
アリーナには砕けた大小無数の石が転がり、舞っている砂埃と爆発による黒煙で視界も悪くなっている。
「くへへへへへ……。こりゃすげぇ」
観客席に叩きつけられたシュージューノは、笑った際に砂埃を吸ったことで咳込んでしまうが、ゆっくりとその体を持ち上げる。
強く打った頭部からは血が流れており、その血で右目がよく見えなかった。
周囲を見渡すと、あらためて弟の魔法の威力を思い知らされる。
「アルぅ……お前は最高だぜ――」
膝に手をついて何とか立ち上がると、アリーナの隅でうつ伏せに倒れている弟を発見する。
――くへへ、と笑いながら瓦礫と化した観客席を下り、アリーナへと着地する。
倒れた弟もひどく傷ついているようで、気を失っているのかピクリとも動かない。
先ほどまで手に持っていた杖も見当たらない――戦闘中に手放してしまい、今はどこかの瓦礫の中に埋もれているのだろう。
「最高だぜ、アル! さあ早く起きろよぉ? まだまだ続きを楽しもうぜ? 自分の魔法で自滅だなんて、そんなつまらねぇ話はねぇだろ?」
シュージューノが両手を広げ大声で弟に呼び掛けるが、その声は全く届いていないようだ。
――おい、と言って彼の肩を強く蹴ったが、背中に積もった砂埃が地面に落ちるだけで、完全に意識を失っているようだ。
もしくは、既に死んでいるか――
その可能性が脳裏によぎったシュージューノは、しゃがみこんで弟の肩を掴む。
そしてそのまま、彼を仰向けにすると――
弟と目が合った
「――『炎塊』」
ドオオオオオン
二人の間で爆発が起こると、シュージューノの体が大きく吹き飛ばされ、アリーナの床を仰向けのまま少し滑って止まる。
身につけていた衣服には巨大な穴が空き、そのから覗く腹部の皮膚からは出血しているだけでなく、火傷で真っ赤に染まっている。
「くへっ……ごほっ」
いつものように笑おうとしたシュージューノだったが、吸い込んだ砂埃と身体へのダメージによってそれも叶わない。
間近で爆風を受けたアルジーノも、同じように衣服が破け、顔中が火傷で真っ赤になっている。
もはや兄に対する怒りで痛みを感じることすら忘れたアルジーノが立ち上がると、足を引きずりながら仰向けに倒れているシュージューノのもとへ歩み寄る。
「油断……したな」
「くへへっ……。そうか、杖を使わずに魔法も使えたなぁ。最高だな、アルぅ」
「あぁ、おかげでこっちも大痛手だ」
アルジーノが右の掌を見せると、皮膚がただれ血に染まっている――兄の腹部に押し当てた掌の上で爆発を起こしたため、アルジーノ自身へのダメージも相当なものだった。
兄に対して左手を構えると、アルジーノはもう一度詠唱する。
「――『炎塊』」
爆音とともに、シュージューノの右腕が飛んだ――文字通り、彼の腕は、彼の胴体を離れ、アリーナの瓦礫の中へと飛んでいった。
「くっ……」
かざした左手の目の前で生成された炎は、アルジーノの自身の皮膚も焼いてしまう。
これまで杖無しでは風魔法や『障壁』しか発動したことがなかったため、身体へダメージを受けることはなかった。
「アルぅ……。お前、このまま俺を殺すか?」
「ここに来た時から、そう言ってる」
――『炎塊』ともう一度詠唱すると、アルジーノの左手から発した炎が、シュージューノの左腕を吹き飛ばす。
同時に、アルジーノの掌の皮も破れ、流れ出る血が指を伝い砂だらけの地面に滴り落ちる。
「くへへ……。これでもう、俺は魔法が使えねぇなぁ……」
両腕を失い、肩から多量の血を流しながらも、シュージューノはまだ笑っていた。
「兄上……。あなたは一体、何がしたかったんです」
脚が痛み、うまく体重をかけられないアルジーノも、立っているのがやっとだった。
「言ってんだろぉ……? 遊びたかっただけさ……」
「そんな状態にもなって、これが、まだ遊びだと……?」
「あぁ。楽しかったぜ、アル――俺の人生で、一番な……」
次第に弱々しくなっていく兄の言葉には、どこか寂しさが感じられた。
――くへへへへ、と笑いながら目を閉じる兄に向けて、アルジーノは痛みをこらえながら左手を構える。
「さようなら、兄上――」
その時、アルジーノは自分の視界が急に明るくなるのを感じた――まるで、兄を迎えに来た天使が、自分の頭上からやってきたかのようだった。
温かな光に包まれながら、アルジーノは呪文を詠唱しようとする――しかしその瞬間、視界の光がさらに強くなり、アルジーノは異常が起きていることに気づく。
――なんだよこれ……!
アルジーノが咄嗟に頭上を見ると、巨大な光の柱がそこにあった。
急に辺りが明るくなったのは、間違いなくこれのせいだ。
そして、その柱はまっすぐアルジーノへ向かって降ってくる――
「くっ……! 『障壁』!」
咄嗟の詠唱、しかし――
バリンッ
アルジーノの頭上に生成された『障壁』はあっけなく砕かれると、柱はそのままアルジーノの体を地面に叩きつける。
「ぐあっ……!」
うつ伏せに倒れたアルジーノは、骨を砕かんとするほどの柱の重さに悶絶してしまう。
――これは、まさか光魔法……!
どうにか首を回して決闘場の入口に目をやると、すぐに状況を理解できた。
杖を構えた一人の青年が、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「お前か……優等生――!」
「早朝から騒がしいぞ、ローゼンベルグ――」
アルジーノを見下すように、ライバ・ルートヴィヒ・アインホルンはアリーナへと足を踏み入れた。




