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第四十五話 シュージューノ・ローゼンベルグ⑥

ジョンと別れた後、自身への憤怒や失望を胸に抱いたまま図書館に戻ったアルジーノだったが、その後は本の内容に全く集中することができなかった――もちろん、そのこと自体がアルジーノに更なる苛立ちを与えたことは言うまでもない。


――くそが……! なんだってこんなに感情が収まらないんだよ!


悪循環に陥ったアルジーノは予定よりもずっと早く帰宅すると、案の定、門を入ったところでシュージューノに襲われた。


「よお、今日は早かったじゃねぇか、アル」


図書館は日付が変わる前まで空いているので、本来の帰りはそれくらいの時間になるはずだった。


それに比べれば確かに帰宅は早かったものの、世界は既に夜の闇の中に沈んでいる。


「だからもういいって……! いい加減しつこいよ、シュージュ(にい)


「お前こそ、しつこくいつまでも俺のことを無視してんじゃねぇよ? 早くお前の力を見せてみろよ? んん? くへへへへへ!」


杖を天高く向けたシュージューノは、帰ってきたばかりの弟が杖を構える隙を与えず、容赦ない攻撃魔法をしかける。


「俺を楽しませてくれよ! ――『乱氷鋭牙(マルチアイスファング)』!」


毎度のごとく、無数に生成されたつららがアルジーノへと迫りくる。


「――『障壁(バリア)』」


片手をポケットに手を入れたまま屋敷の方へと庭の中を歩きながら、アルジーノは呪文を詠唱する――いつの間にか、杖を使用せずに魔法を発動させることは難なく行えるようになっている。


「おいおいアルぅ。がっかりさせんなよ。それはもう見飽きてんだ。さっきやったのを見せて見ろよ……! お前の力は、そんなもんじゃねぇだろ?」


再び天高く杖を構えたシュージューノの頭上に、巨大な氷の塊が生成される。


それはつららのように鋭利ではなかったが、直径は彼の身長の三倍はある。


――また面倒な魔法を……


巨大ネズミの際に学んだことだが、『障壁(バリア)』は攻撃を防ぐことはできるが、あまりにも衝撃が強いとそれは『障壁(バリア)』を展開している人物にも伝わってしまう。


当然、目の前にある氷塊も、さっきまでのようには防げない。


「いい加減にしろよ!」


アルジーノが杖を構えて『大炎塊(グランドフレイム)』を詠唱しようとしたその瞬間、シュージューノの頭上にできていた氷の塊を、光る何かが貫いた。


そして、そのまま氷は巨大な音を立てて彼の頭上で爆散した。


「くへへ! 邪魔すんじゃねぇよ、オウクーノ」


「やめるんだ、シュージューノ! 昨日から弟に対して何をムキになっている!」


屋敷から出てきたのは、アルジーノの四つ上の兄――シュージューノの一つ上の兄にあたる、オウクーノ・ローゼンベルグだった。


今しがた氷塊を砕いたのは彼が放った魔法だったのだろう。


アルジーノにもその魔法の正体が何だったのか、一瞬では判断できなかった――騎士科に所属しているにも関わらず、彼の魔法は卓越している。


肉体の強化も相変わらず怠っておらず、ぴったりとした紺色の室内着は彼の筋骨隆々とした体のラインを浮き彫りにしていた。


また、多少の色の違いはあれど金髪であることが多いローゼンベルグ家の兄弟たちだったが、オウクーノも例外に漏れず生まれながらにダークブロンドの髪を持つ。


ツーブロック・カットされた短髪は綺麗に整えられており、まだ彼が学生だというと多くの人は驚くだろう――既に彼には、騎士としての風格が漂いつつある。


「家族も皆迷惑している。遊んでばかりいないで、いい加減お前も将来のために努力をしたらどうなんだ」


「くへへ! 俺にとっては、可愛い弟と遊ぶことが努力なのさ! 今俺を一番楽しませてくれそうなのはこいつだ」


二人が言い争いをしている間にも、アルジーノは屋敷への道を進んでいく。


「おい待てよアルぅ! 今日の遊びはこれからだろ?」


「シュージューノ! いい加減にしろ! さっさと努力を――」


――どいつもこいつもうるせぇ


二人に背を向けながら歯ぎしりをしたアルジーノは、そのまま屋敷に入ると自分の部屋へと直行した。


途中風呂上りと思われるクレイーノとすれ違ったが、互いに目を合わせることもなかった。


今でもまれにアルジーノの魔法の秘密について尋ねてくるのだが、今日のところはアルジーノの様子を見てやめたようだった。


周囲に自分が不機嫌であるというオーラをまき散らしながら自室に入ると、それを洗い流さんとばかりにシャワーを浴び続けた。


いつまでもしつこく絡んでくるシュージューノにも苛立ったが、相変わらず『努力』が口癖のオウクーノにもアルジーノはうんざりしていた。


しかし、そのオウクーノが助けてくれた上にしつこくシュージューノを説教してくれたおかげで、今夜はゆっくりと眠れるかもしれない。


誰かにしつこく邪魔されると、シュージューノはよく――飽きた、といってすぐに別の行動をとり始める。


結局、アルジーノに対してやたらと絡んでくるのも、彼の中で激しく入れ替わるブームのひとつにすぎないのだ。


――はぁ、とようやく少し気持ちが落ち着いたアルジーノの体に、どっと疲れが押し寄せる。


――今日ちゃんと眠って、明日は万全の状態で図書館に向かおう


シャワーを浴び終えたアルジーノはそんなことを考えながら夕食を済ませ、早々にベッドに入るのだった。









――アル……


誰かに名前を呼ばれている。


目を開くと、花畑の中にある大きな木の下で寝転がっていた――この場所には見覚えがある。


前にここに来たのは……そうだ、()()()()に座ったすぐあとだった。


その時も、今みたいにまるで夢の中にいるような感覚だった――そしてここは、実際に自分の夢の中の世界なのだろう。


――母上……!


前に来たときは、この場所で母と会った。


地平線まで広がる花畑――そのどこを見渡しても、自分以外の生き物が存在している様子はない。


――母上……。母上……!


どこにもいない。


走る――どこまでも走る――


しかし、いつの間にか、地平線の方から闇が迫ってくる――ただの黒い塊ではない、それは、『闇』としか表現できない何か。


そして、それはあっという間に自分の足元まで迫ってくる。


あぁ、落ちる。


そう思った時には遅かった――自分の体が、前と同じように奈落の底へと落ちていく。









悪い夢を見ていたらしい――闇の中へ落ちていく途中で目が覚めると、アルジーノはひどく汗をかいて息があがっていた。


ぐっすり眠ったはずなのに、目覚めた時の気分は最悪だった。


――くっそ……!


舌打ちをしながらいつものようにシャワーを浴びて、身支度を整えると母の墓前に捧げる花束を家政婦に受け取りに行く。


「どうぞ、アルジーノ様」


家族の中では虐げられているアルジーノに対しても、家政婦は平等に接してくれ、母のアレクシアを慕ってくれていた家政婦は、進んで花束を用意してくれている。


本当は自分の手で供えに行きたいのだが、仕事があるためそうもいかない。


「ちょっとこれ……」


いつものように花束を受け取ったアルジーノは、それを見て訝しい顔をする。


普段ならそのまま――いつもありがとう、と言って屋敷を後にするので、家政婦も珍しがってアルジーノの顔を覗き込む。


「どうなされましたか?」


「花びらが散ってる」


「え? どの花でしょうか」


「これ」


アルジーノが指さした白い花を見ると、確かに一番外側の花びらが一枚だけ花束の中に落ちていた。


よく見なければ気づかないほど小さな花びらだった。


「本当ですね」


「捨てといて」


「え……?」


アルジーノはそういうと白い花を花束から引き抜くと、乱雑に家政婦に渡す。


一枚花びらが散っていても、アルジーノに渡された花は一見すると今が生涯の全盛とばかりに咲き誇っている。


「ですが……こちらの花はまだ――」


「いいから捨てとけよ!」


突然アルジーノが大声を上げたので、呼吸が止まるかと思うほど家政婦は驚いた。


そのままアルジーノは屋敷の玄関を開けると、それを乱雑に閉めて墓地へと向かった。


玄関前で、家政婦はしばらく立ち尽くしてしまった。










――くそ……! 昨日はちゃんと寝れたはずなのに……!


母の墓前に苛立ちを抱えたまま顔を出すのは失礼だと思い、何とか自身の揺れを抑えようと必死だったが、抑えようとすればするほど感情は溢れ出し、そのことがさらに苛立ちを膨れ上がらせる。


さっきは家政婦に対してひどい態度を取ってしまったかもしれない。


だが、そんなことがどうでもよくなるほど、花びらが散っていることに憤りを感じてしまう。


どうしてなのかは、自分でも分からない。


――なんなんだよ!


墓地の中を歩きながらも花束を持つ手に力がこもり、周囲を取り囲む墓地――そこに埋められている今は亡き人間たちが、遠目に見た自分を指さして陰口を言っているような気がする。


そして、もうすぐ母の墓に着くというところで、アルジーノはある異変に気付く――墓の様子がいつもと違う。


――は……?


思わず駆け寄ったアルジーノは、墓の状態に困惑する。


――なんだよこれ!


縦長の直方体の形をした墓石が無数に並んだ墓地なのだが、母・アレクシアの周囲だけ土が乱雑に掘り起こされている。


さらに、おそらくは掘り返された土を墓石に被せたようで、わずかに丸みを帯びた直方体の上面には土が乗り、側面も同じような色で汚れがついている。


墓荒らし――母の遺体を掘り起こしたり、埋まっている金品を盗んだりできるほど深く掘っていないため、厳密には異なるのだが、これは明らかに悪意を持った人物による犯行だ。


そして、アルジーノはその犯人がすぐに分かった――否、犯人が分かるようにわざと痕跡を残したのだろう。


土を被った母の墓とその周辺を、分厚い氷が覆っているのだった。


その表面には文字が彫られており、その凹みには土が詰められている。


『決闘場で遊ぼうぜ、アル』


――あぁ、そうかよ……


アルジーノは持っていた花束をついに握りつぶし、それを地面に落とした。


これは、ひたすら喧嘩を拒否し続けるアルジーノを本気にさせるための、兄のシュージューノによる犯行だ。


昨日から積み重ねられアルジーノの中に蓄積されていた怒りや苛立ちによって、相変わらず心の中は大嵐のように風が吹き荒れていたが、その風の方向は一点に定まった。


――そんなに遊んでほしいなら、好きなだけ相手になってやる……。もう退学なんかじゃ釣り合わない。殺してやるよ……兄上――

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