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第四十話 シュージューノ・ローゼンベルグ①

――母上、俺は……どうするのが正解なんでしょうか


アレクシアの墓前に花を供えたアルジーノは、目を瞑りながら彼女に問う。


いつも通り登校前にこの場所を訪れていたが、少し前に比べるとこの時間でも随分と温かい。


夏が近づいてきていることもあり、陽が上る時間も次第に早くなってきていた。


同期で成績トップであるライバ・ルートヴィヒ・アインホルンとの決闘、その最中に巨大ネズミが乱入した事件の翌日、アルジーノはいつものように母との会話を終えると、学園への道を歩き出す。


――君は当然、魔法科に進むんだろう?


昨日、研究室に訪れたライバに言われた言葉が、絶えず頭の中でこだましている。


兄弟の中で唯一魔法が使えなかったアルジーノは、これまで農業に関する勉強に注力してきた。


魔法に頼らない、古の耕法の再研究――今やどんな分野においても魔法が必須となった世界で、それを使えない人たちでも安定して農作物を収穫できるような環境の構築を実現したかった。


魔法を使えないごく少数の人間にしか役に立たないもの――しかしだからこそ、自分と同じ境遇にある人たちが苦しんでいるのを少しでも助けたいと、当時のアルジーノは考えていたのだった。


だがある日、魔法を手にしたことでアルジーノの日常は激変した――


兄、父、同級生――それまで自分を虐げてきた人間たちに仕返しできるだけの力を、アルジーノは手に入れた。


それと同時に、かつて夢見ていた魔法を必要としない農作物の研究に対しては、興味が一気に薄れていくのを自覚していた。


魔法を使わずに農業をするよりも、魔法を使える人にそれを任せればいいではないかと、今では考え方も変わってしまっている。


――自分で心からやりたいと思っていたことも、魔法が使えないってことへの逃げ道だったのかな


――それだけじゃない。俺は農夫になりたかったんじゃなくて、兄弟や親や、ジーグたちを見返したいと思っていたんだ。


――何かを成し遂げたいという夢の本質は、そもそも俺を虐げてきた人たちへの復讐だったのかもしれない


昨夜、研究室から帰ってきたアルジーノは、自らの感情を顧みてその結論に辿り着いた。


そして、突然力を手に入れたがために、これまで自分が進んできた道を逸れてしまっていいものか、アルジーノは決めかねていた。


魔法が使えるようになった――それも、ただ使えるようになっただけでなく、同期のトップと同等以上の力、上級生と比べても引けを取らない力を手に入れた。


当然、魔法科に進んで困ることはないだろうが、本当にそれでいいのだろうか。


突然手に入れた力であるため、突然無くなってしまうとも限らない。


昨日、他のメンバーが帰宅した後、博士と二人きりになった際に話したことを思い出す。










「なぁ博士、地下室の椅子の話なんだけど……」


「ほぉ、なんじゃ突然」


「あれを作ったのって、博士なの?」


「うむ、わしが作ったとも言えるし、そうでないとも言えるのぉ」


――曖昧な返事だな……


「じゃあ、俺が手に入れたこの力はなんなの? どうやったら急に、魔法なんか使えるようになったのさ。こんなものがあるなら、世界中で普及させれば……」


「最初に椅子を使った際に言うたじゃろう? 命の保証すらできぬ、と。アルは、たまたまうまくいったに過ぎないのじゃよ」


今になって思えばとんでもない話だが、この話が本当なら、アルジーノは魔法を手に入れたあの日、一歩間違えば死んでいたということになる。


もちろん、母の形見を壊された怒りは今思い出しても不愉快なものであるため、何度同じ状況に置かれたとしても選択を変えることはないのだが――。


「一体、俺に何が起こったの……?」


「それはわしもよく分かっとらんからのぉ。教えようと思っても難しいのじゃ」


「とぼけないでよ。博士が作ったんでしょ?」


「そうじゃないとも言える、と言うたじゃろう?」


「じゃあ、ここに学園の人を呼んで調べさせれば――」


「アル――」


突然博士の声色が変わったので、アルジーノは体が硬直する。


博士がこの声色を出すのは二回目だ――一回目は、『魔法使いになれる椅子』に座ったその時だ。


「紅茶でも飲んで、気分を落ち着かせたらどうじゃ?」


顔をこちらに向けた博士は一見いつものような笑顔を作っていたが、その目は全く笑っていないように見えた。


アルジーノは諦めたようにドアノブに手をかけると、ゆっくりと研究室の扉を開いてその場を後にした。


「今日のところはもういいよ。じゃあね」









初めて見る博士の表情に不安を覚えながら夜を過ごしたアルジーノは、無詠唱で魔法を発動した自分のことについて、ライバが話していたことを思い出す。


――それを可能にするための研究も過去に進められていたが、いずれも失敗に終わっている。まぁ、僕が知る限りは、だけどね


眠りに沈み込む意識の中で、アルジーノは翌日、学園でライバに話を聞きに行こうと考えたのだった。


――あいつは成績がいいけど、親族に魔法師や研究者がいるっていう情報は聞いたことがない。つまり、あいつが得た情報は、俺も手にすることができる可能性が高いわけだ


博士が教えてくれない以上、自分の力で情報を集めるしかないと考えたアルジーノは、母の墓前に立ち寄ってからいつもより早めに学園に着くと、荷物を自席に置いて早速ライバを探しに向かうのだった。









「あら、アル。今日は随分早いのね」


「何の用だ、ローゼンベルグ」


「おぉ、ちょうどよかった」


アルジーノはライバがどこのクラスに所属しているのか分かりかねたので、とりあえずミアの所へ言って聞き出そうと思っていたら、なんとそこにライバも居合わせた。


始業までまだ時間があるため、教室内にいる生徒の数はまだ少なく、二人の時間を邪魔されたライバが露骨に嫌悪感を表情に出す。


「何がちょうどいいんだ? ミアとの話を邪魔できたことか?」


「いちいち面倒くさいな、お前は。意外かもしんないけど、今日はお前に用があってきたんだ、優等生」


「なに?」


「ミア、ちょっとこいつ借りていい?」


「え、えぇ、私は全然問題ないけど……」


「よし。優等生、ちょっと表で話そう」


「決闘の続きなら……受けて立つ……!」


「いやだから面倒くさいって……。いいから来いよ」


ミアを教室に残し、まだ人通りの少ない廊下に出た二人は面と向かい合う。


「それで? ミアには聞かれたくない話というわけか」


「まぁ、別にそういうわけでもないんだけど、あいつも興味持つとしつこくて面倒だからさ。それより、早速本題なんだが――」


アルジーノは壁に寄りかかると、大した話じゃない風を醸し出しながら話し始める。


「魔法の無詠唱発動について、お前昨日、過去に研究してたけどうまくいかなかったって話してたよな?」


「あぁ。僕が知っている限りは、とも言ったはずだ」


「そうそう、お前が知っているのって、具体的にはどこまでなんだ? そんな研究があるっていうのを、どこで知った?」


「別に僕だって、大して情報を持ってるわけじゃない。図書館にある文献で、それらしい記述を目にしただけだ。杖や詠唱を省略して魔法を発動できないか、過去に調べていた時期があってその時に――」


「それ、本の名前とか教えてくれよ」


「なぜだ? 既に無詠唱で魔法が発動できる君には、もう無用の長物だろう。それとも、また僕をバカにして――」


「いやそうじゃなくてさ……」


自分が魔法を使えるようになった原理を知りたい――と正直に話してしまうとややこしくなりそうなので、アルジーノは自分がまだ無詠唱魔法を完全にはマスターしておらず、そのために調べ物をしたいのだという言い訳をした。


事実、無詠唱で魔法を発動できたのは昨日のネズミとの戦闘時だけであり、自分でも意図せず発動していたため、今後それについても詳しく調べる必要があるだろう。


「書籍名は忘れたが、アルフレート・シュバルツという昔この学園でラボを持っていた博士の本だ。実験動物に対して魔法を使用した際に見られる現象や、魔法使用時に人体が受ける影響について研究していた人物で、僕が読んだ本は過去の研究内容を集約し著者の見解を述べているものだった。無詠唱魔法について目にしたのは、本で紹介されている論文の先行研究について書かれたところだったから、詳細を確認したいなら、その先行研究の資料を探す方がいいかもしれないな」


「な、なるほど……」


――これはもしかしたら、ちょっと骨が折れるか……?


農業に関する論文については読み慣れているが、魔法を学術的に記載した文章については読み慣れていないため、内容を理解するのに時間がかかることは必至だろう。


「それでその、無詠唱魔法について、お前なりに何か方法を見出せたりしたのか?」


あわよくばライバから話を聞き出そうと話を振ってみたものの、彼は大きなため息を吐いた。


「それができているなら、無詠唱魔法を使いこなす君に対してとやかく言わない」


「そうかぁ……」


掲示物の張られた壁に寄りかかって廊下の天井を見上げたまま、アルジーノはからかうようにライバを見る。


「それじゃあ今のところ、俺が一歩リードしてるわけだ?」


「――『雷塊(ボルト)』」


「痛っ! いや事実だろうが!」


「魔法師としての実力は、無詠唱が可能かどうかだけでは決まらない」


先端から静電気を放った杖をしまうと、ライバはミアと話すために教室へと戻っていった。


――ありがとな、と一応礼を言ったが、ライバはまるで聞こえていないかのように教室の扉を閉めた。


――はー、感じ悪いな


だが、手掛かりをくれたのだから感謝しなくてはならない。


もしかしたら、今後も彼の知識に頼る機会があるかもしれないと思いながら、アルジーノは自身の教室へと戻る。


先ほどよりも人通りの増えた廊下を歩いていると、すれ違う生徒がやたらと自分の顔を見てくるので、毅然とした態度で教室へと向かう。


――もう昨日の決闘について噂が広がってんのか……


教室に入ると、既に登校していたジョンがアルジーノの席に座ってこちらに手を振っている。


「おいアル! お前これ、なんか悪戯されてんぞ?」


「悪戯?」


ジョンに招かれるまま自席に戻ったアルジーノは、そこに置いていた自分の荷物の上に、一枚の張り紙がされていることに気づいた。


そこには滲んだ太字でこう書いてある。


――今日の放課後 俺と遊ぼうぜ アル


「なんだこれ……」


そう言いながら紙を手に取ろうとすると、アルジーノは異変に気付いた。


紙を掴む手前で動きを止めたアルジーノを見て、ジョンも察したように呟く。


「わかるか? この紙……」


「あぁ。()()()()――」


おそらく、紙に文字を書いた後、水に濡らしてそれを凍らせたのだろう。


恐る恐るアルジーノが紙に触れると――


ガキンッ


「うわっ!」


突然のことに、教室内にいた他の生徒たちからも悲鳴があがる。


アルジーノが紙に触れた途端、紙から巨大な氷の柱が生成され、一瞬のうちにそれは天井まで伸びてしまったのだ。


「おいおい、アル……どういうことだよこれは……!」


始業の時間が迫っている中で、手早く氷の柱を溶かしながらアルジーノは呆れたように呟く。


――こんなふざけたことをする人間、俺の周りには一人しかいない……


「シュージュ(にい)か……」


シュージューノ・ローゼンベルグ――それは、非行のため学園内での評価は決して良くないが、実力だけなら同期で誰も敵わない、氷魔法を得意とする、アルジーノの三つ上の兄だった。

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