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収穫  作者: 時帰呼
9/17

遠雷

遠く、重く、響く雷鳴。


それは、真実を告げる神の怒声なのだろうか?


それとも、真実の門が開く音なのだろうか?



夢を見た、


懐かしい夢、舞い散る桜の花吹雪の中、君は 両手を拡げくるくると桜の花弁のように舞い踊っていた。



目が眩むほど鮮やかな紅葉に染まる山の木々。



波打ち際の岩の上で 危なっかしくバランスを取りながら「撮って、撮って♪」とカメラをせがむ君。



不意に駆け寄り、僕を 力いっぱい抱き締めて 泣き叫ぶ君。




「今日こそは、泣かないって決めてたのに……」


そう言いながら涙で笑顔が歪んでた君。



遠い、遠い、遠い日々の思い出の


遠く懐かしい夢。



あれは、いつのことだったろう?





*****




ザッと降りしきった雨をもたらせた黒雲は、ほんの小半時で 西の空へと去って行こうとしていた。


目を凝らすと、遥か遠方の雲の下に 一瞬 稲光が疾走ったように見えたが、雷鳴は かなりの間をおいて 微かに小さく響いてきただけだった。


「恵みの雨というほどではなかったな」


セイは、『聖アントニウス学園』の中央にそびえ立つ尖塔の大時計の更に上に設けられた最上階の展望台で、眼下に拡がる学園の不規則に増築を繰り返された建築物群を見下ろしていた。



もう一度、微かに遠雷が轟いた。



見渡すかぎり大地を埋め尽くす麦の穂の海。 城壁を思わせる高い壁に堅固に守られ、数えきれないほどの様々な様式の建築物で構成された『聖アントニウス学園』は、黄金の大海を往く巨大な方舟のようにも見えた。



セイは、暇を見つけては、この尖塔の最上階に昇ってきていた。


勿論、一般の学生が立ち入りを禁止された場所ではあったが、セイにとっては そんなことは何の障害にもならないことだった。


ここに来て、遥か遠方の地平線まで見通し、緩やかにうねる麦畑の海原を見下ろす。


確かに 学園は巨大だが、この世界に比べれば 嵐の海に投げ出され 荒波に揉まれる一片の『カルネアデスの舟板』のようにも思え、苦笑いが涌き出るのを抑えようもなかった。



皆は 知っているのだろうか?

この世界が 滅び去ろうとしていることを。


なに食わぬ顔で 挨拶を交わす隣人が、

毎朝 眠い目を擦りながら 嫌味たらしい教師の出した課題の難解さに不平を洩らすクラスメートが、昨日と同じ存在であり続けてくれているのか…ということを。




それは、妄想に違いない。



けれど、セイには この世の何もかもが 現実感を失い、演劇の背景として造られた 薄っぺらな『書割』のように感じられた。


眠るたびに夢見る、あの人は 誰なのだろう?


懐かしく 愛おしく 哀しく 胸を締め付ける あの人の面影。


見たこともない風景。


見たはずなのに思い出せない夢の欠片。






セイの頭の後ろ辺りには、常につき纏い、(これは、間違いだ。 なにもかも間違いだ。 お前の やって来たことは 全てが無意味だ)…と、囁きかける黒いモノがいた。



聴こえるはずのない声。



ざわめく人々の姿は 真っ黒な影の壁となり セイに、囁きかける。


(全てが間違いだ)……と。




ならば、確かめてみよう。


この世界が 全て まやかしであり幻影に過ぎないと言うのなら…。



何度も、何度も、 躊躇っては 思い止まったことも、今日で終わりにしよう。


全ての真理を はっきりと認識するために。




セイは、尖塔の最上階の窓を開け放ち、世界の真実を知るために 見えない翼を広げ 飛び立った。



風を切り飛翔するセイの耳に 今一度 遠雷が届いたが、それはすぐに消え去った。




To be cotinued……


セイという名のヒトガタが 空に舞った。


ただ それだけのことで、世界は変わりはしないのだ。

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