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収穫  作者: 時帰呼
4/17

少女

『学園』に来てから、はじめて出会った 自分と同年代の少女エリス。


きっと彼女とは 仲良くなれるだろう。


繚子は、そう思った。



昨夜のことは夢だったのだろうか。


繚子は窓から射し込む朝の光に 目を瞬かせながら ベッドから窓辺へ歩み寄ると 掛け金を外し 大きく窓を開け放った。


眼下に広がるのは よく手入れされた色とりどりの花咲く庭園。 その向こう数十メートル先には 昨日 くぐり抜けてきた通用門へと続く高い石造りの塀が見えた。


(えっ!?)


繚子は 驚愕した。 何故なら 昨夜は 暗さと慣れない場所のせいか 気づかなかったが、彼女の部屋の窓の外には 人が立つ張り出しも ましてやベランダさえない三階に位置していたからだ。


だとしたら、昨夜のセイと名乗る少年は どうやって 私の部屋の窓辺を訪れたのだろう?


繚子は ぶるると頭を振るい 昨夜の馬鹿げた考えを打ち消した。


よく見れば 繚子の部屋の窓の脇には 太い雨樋が壁に打ち付けられている。昨夜 それを伝って セイは 昇ってきたに違いない。


(うん、それが たとえ すごく古くて 錆び付いて 今にも外れそうなガタガタの雨樋だとしても。 そう、きっと セイくらいに身軽そうな少年なら 不可能なことではないに違いない…)




トントントン!


不意に響いた 背後からのノックの音に 繚子は 文字通りに飛び上がってしまった。


繚子が、おそるおそる振り返ると 部屋の入り口には 一人の少女が立っていた。


「あ、驚かせちゃった?」


少女は ほんのり桜色をしたワンピースを 窓から吹き寄せる風に ふわりとなびかせ 屈託なく笑っていた。


「エリスよ」


少女は 唐突に自己紹介した。


繚子は なんと言葉を返せば良いのか 戸惑い 歪んだ笑顔を返すだけで精一杯だった。 それは、昨夜の セイと名乗る少年の言葉が 脳裏によぎったからだ。


「ほんとに ごめんなさい。 そんなに驚くなんて思わなくて」


少女は、部屋の入り口に立ったまま これ以上 驚かさないように距離をとって 繚子の言葉を待っている。


「エリス…さん?」


「そう、エリス。 たぶん あなたの一つ上の学年になるわね。 アイリーン先生に 繚子を 食堂へ案内するように言付かったの。 早く行かないと 朝御飯を食べ損なうわよ」


繚子は じっとエリスの顔を見つめていた視線を ふっと反らした。 初めて会う人に あまりにも不躾な行為だと思ったからだ。


「アイリーン先生って?」


「やだ 先生、ご自分の自己紹介を忘れたのかしら。 確か 昨夜 繚子さんは 会ったはずだけど」


(あぁ、あのドレスの女性が…)


またもや 物思いに沈みそうになる繚子に エリスが 右手を差し出し言った。


「さぁ、行きましょう。あと30分しか無いわ」



少しばかり早足で 二人は 長い廊下を通り抜け、廊下の突き当たりにある 昨日は使わなかった 年代物のエレベーターに乗り込んだ。

普通のドアではなく 格子状の引き戸が折り畳まれて開閉するタイプだ。 こんな品物は 古い映画でしか見たことがない。


ガシャン、ガラガラガラという 極めて心もとない音をさせて扉が閉まると 耳障りなモーター音を響かせて エレベーターの篭は ゆっくりと下降を始め、それと擦れ違いに カウンターウエイトが するすると昇ってゆくのが見えた。


「食堂は 地下にあるの。 ほんとなら 生徒は エレベーターを使うのは禁止だけど、今朝は 特別」


そう言いながら、エリスは 唇の前に人差し指を そっと立てて見せた。


カシャン、ガラガラガラと 騒々しい音を立て エレベーターの格子戸が開いた。

これでは ナイショも何も あったものではないだろうと思えたが、エリスは 気にせずに 篭を降りると さっさと先に立って歩き出した。 どうやら 少々強引な性格の少女のようである。


エレベーターと一階から優雅な弧を描いて降りている幅広な木製階段のある地下ホールには、一枚の大きなオークの材をふんだんに使ったと思われる立派な 両開きの扉があった。


エリスが ずかずかと前に進み、声もかけずに 押し開けると、目の前には 長さ10メートル以上はあろうかという分厚い木製の長テーブルが 5基並べられ、中央のテーブルの向こう端には 昨夜出会ったアイリーン先生が 厳しい顔をして座っていた。


「遅くなりました!!」


エリスが 不動の姿勢で アイリーン先生に謝罪の言葉を陳べる。


「あと 30秒あります。 早く着席なさい」


アイリーン先生は 表情も変えずに そう言い放つと、片手を ひらりと振って ここからは見えない誰かに 合図を送った。


座れと言われても…と 戸惑っていると エリスが 手近の椅子を引き 「ここに お掛けなさい」と導いてくれた。


勝手も分からぬ繚子が 言われたままに着席すると、それに合わせて エリスが椅子の背もたれの位置を 私の背に当ててくれた。


エリスと言えば、さも慣れた身ぶりで 私の隣の席に 音もなく座り、キチンとかしこまって 正面を向いて 口を閉じた。



「朝食は 朝の6時30分。 場所は この食堂へ。 遅刻は 赦しませんからね」


アイリーン先生が テーブルのナプキンを 膝の上に置きながら 穏やかではあるが毅然と告げた。


「はい、申し訳ありません」


私も 先生の真似をしながらナプキンを手に取る。


ふと気づくと、テーブルに付いているのは 私とエリス、それにアイリーン先生の三人だけだ。 こんなに巨大な学園なのに 生徒は これだけなのだろうか?


それよりも もっと気になったのは、昨夜 セイと名乗った少年の姿が見えないこと。


「あの、今朝は これだけなのですか?」


私は 思わず 問わずにはいられなかった。


「ええ、これだけです。 勿論 生徒は これだけではありませんが、皆さん それぞれのプログラムに沿って学園生活を送っているので、あまり 他の生徒に顔を合わせることは無いかもしれませんね」


先生は 事も無げに そう言ったが、そんな学園なんてあるのだろうか?


にこやかに笑うエリスの様子から、ここでは ごく当たり前のことのようだけれど。


思い悩んでいるうちに、昨夜 繚子の部屋の前に置かれていた同型のワゴンを押して古めかしいメイド姿の女性が 前菜となる一皿を運んできた。


それは、春野菜と軽くマリネされた白身の魚の薄い切り身のサラダだった。


(魚…、魚よね?)


知識では知っていたし、ずいぶん以前に ほんの少しだけ口にしたことがあるけれど、この学園へ来るまでには ほとんど お目にかかったことの無い食材だ。

それに付け合わされた 色とりどりの春野菜の鮮度は どうだろう? こんな手の込んだ料理など、これまでに 一度として食べた覚えがない。


「あら? お魚…、嫌いだったかしら?」


アイリーン先生は 少し口に入れたサラダを コクンと飲み込むと 優しく繚子に語りかけた。


「いえ、そんなこと…ないです」


繚子は 慣れない手つきで ナイフとフォークを取り上げると 不器用に魚を小さく切り分け 野菜と一緒に おずおずと口に含んだ。


とたんに口中に広がる 魚の甘い脂と爽やかな野菜のほろ苦さ、それをまとめあげる 絶妙な酸味のドレッシング。

きゅんと 両頬が痛くなるほどの美味。


「美味しい!!」


思わず漏れ出た言葉に 隣に座っているエリスも 同意の言葉を漏らす。


「美味しいでしょ♪」


不安で 昨夜の食事に ほとんど手をつけられなかった繚子は そのサラダを一瞬で平らげてしまったが、皿が空くと ほぼ間髪を入れずに セカンドディッシュが運ばれてきて 繚子の目の前にセットされた。


勿論 その一皿も 見たこともない素敵な盛り付けをされた料理だったものだから、はしたないと思いながらも 繚子は 次々に 料理を口に運んだ。


「よっぽど お腹が空いていたのね」


アイリーン先生の その声に 我に返り、ふと先生を 見ると、先生もまた(繚子よりも はるかに優雅に)食事を進めていた。


隣を見ると、エリスもまた 少し呆れ返ったような顔をしながら 食事を自分のペースで楽しんでいるようだった。




ふと、頭に 持ちあがる疑問。


昨夜 セイは なんと言ったのだろう?


「この学園の人間は、僕と君の二人だけ…」


けれど、アイリーン先生もエリスも 普通に食事をとっている。 それどころか、この豪華な朝食を 心から楽しんでいるように

見える。


レプリカントは 食事を必要としただろうか? こんなに 楽しそうに笑えただろうか。


あのバスの運転手も レプリカント独特の奇妙な違和感のある笑顔を見せていたではないか。



セイ…、彼は いったい誰なのだろう?

彼の言ったことは 冗談だったのか?


彼に会いたい。


繚子は、不意に 食欲を無くしてしまった自分に気づき ナイフとフォークをテーブルに置いた。




Tobecotinued……



少しずつ 一見 穏やかに見える この異常な『学園』になれてゆく繚子。


事件は 間もなく幕をあけるとも知らずに。


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