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収穫  作者: 時帰呼
2/17

月下

『聖アントニウス学園』に到着した繚子のもとへと、見知らぬ訪問者が訪れる。


月明かりは …明るいくらいに 辺りを照らしていた。 薄暗い通路を通り抜けてきたせいか、しばし目眩がするほどに。


「よく来てくれました」


声のした方へ 向き直ると 月下に咲き誇る庭園の花々を背に コルセットで締め上げたような細い腰をしたロングドレスの女性のシルエットがあった。


「繚子さんですね」


その影の主は言った。


「ええ…、遅くなりまして 申し訳…」


「構いません、さあ 此方へ」


影の主は 自分の名を告げようともせずに 私の謝罪の言葉を遮ると 左手で そっと石畳の続く先を指し示す。


見ると ずっと向こうに黒々とした四階建てはあろうかという大きな洋館が スレート瓦に月光を受け 星々の輝く夜空を背に 私を待ち受けていた。


影の主は 私の返答を待たずに くるりと背を向けると ゆっくりと歩きだし、仕方なく 私も それに付き従った。


ギシリ… ギシリ…


石畳を打つ私たちの足音に混じり 金属が軋むような音が微かにすることに気づいた。


ギシリ… ギシリ…


影の主は 僅かに右に身体を傾げて歩を進める。 その音は彼女の足元から聞こえてくるように思えた。


不意に ある単語が脳裏に浮かんだが それを口に出して尋ねるような無作法なことはしない。 それは さして珍しいことではないのだから。


その軋む音にも関わらず彼女の歩は速く、バッグを持つ私が 足早に追うのが苦労するほどだ。


それにしても この見事な庭園には驚くばかりだ。 これほど多くの種類の花々を 私は 生まれてから一度として見たことが無い。


外の世界に広がるのは 一面の麦畑。 それは どこまでも続き大地を埋め尽くしている。 これまで私が幼少の時を過ごした人の住まう幾つかの街には 僅かばかりの樹木と申し訳程度の数種の花があっただけなのだから。


月下に咲き誇る名も知らぬ花々の香りに くらくらと目眩がしそうになる頃、ようやく二人は 洋館の正面玄関に辿り着いた。 数段の石段を登り 玄関扉の前に立ったドレスの女が ついと手を指し伸ばし 私を誘う。 すると玄関の扉は 音もなく開かれた。


導かれるまま 私が足を踏み入れたのは 豪奢な真っ赤な絨毯を敷き詰めた広々としたホールだった。

正面には カチコチと音をさせ 振り子を左右に揺らしている身の丈を越える大きな置時計。 ホールの両側には 緩やかなカーブを描いた階段が二階の踊り場へと続いている。 まるで 古い古い映画に出てくる貴族の館のような大仰な造りに気負わされ 私は声もなく立ち尽くしていた。


「食事は…?」


彼女の声に、振り返り問う。


「食事…ですか? それよりも 入学式は…?」


「既に この時間です。 入学式は 明日にしましょう…」


彼女は 落ち着き払い 事も無げに そう言った。


「それで よいのでしたら」


「では、貴女の部屋へ案内いたしましょう。 食事は 部屋まで届けさせます」


そう言うと彼女は またもや ギシリ… ギシリ…と 耳につく金属音を静まり返る館に響かせながら 階段を登り出した。


全寮制と聞いてはいたが 校舎の中に 寄宿舎があるとは知らなかった。

私は 荷物を担ぎ直すと 再び 彼女の後を追って階段を登った。


階段の中頃で ふと振り向くと 正面扉の上にある明り窓から 青白い月が 深紅の絨毯の上に月の光りを投げ掛けていた。




食事は、全粒粉のパンとスープ それに数枚のハムのスライス、質素ではあったが それは満足のいく物だった。 ここに来るまでの食生活に比べれば 温かな食事が出るだけで 嬉しかった。


それにしても、前の学校で一緒だった皆は 今頃 どうしているだろう?


私は 取り立てて学業の出来る優秀な生徒ではなかったはずだ。 けれど、今は その数十人の同級生たちから ひとり引き離され 見知らぬ土地の学園へと入学することとなってしまった。


そもそも、ここは学園なのだろうか?

およそ それらしい佇まいではないし、それらしい人影さえ見掛けない。


食事だって ノックの音に気づいて ドアを開けると 部屋の前に 夕食に白いナプキンを掛けたワゴンが置いてあっただけ。

誰が持って来たのだろうと 廊下の左右を見回したけれど 人影はなく 煌々と月光が廊下に連なる窓ガラスから明るく差し込んでいただけだった。


なにもかも妙だ…。

けれど、同級生の皆が 目指していた所だもの、きっと 素晴らしい生活が待っているはずだ。


食事を終えた私は 部屋付きの小さな洗面台で 歯を磨き、クローゼットに吊るされていた寝間着に着替えて ベッドに倒れ込むと 長旅の疲れなのか いつの間にか 眠り込んでしまった。




夜半過ぎ…


ホールの置時計が ボーン…と ひとつ時を告げる音を響かせた。


しんと静まった館の中では かなり離れた 繚子の部屋までも その音が届いた。


枕が違うせいか、それとも 身が沈むほど柔らかすぎるベッドのせいなのか 繚子は 疲れていたにも関わらず目が覚めてしまった。


こうなると もう眠れない。

明日の入学式に備えて 眠らねばならぬというのに、そう思うと 益々 目が冴えてきてしまう。


仕方なく 繚子は ベッドから起き上がり、洗面台でガラスのコップに水を注ぐと ゆっくりと喉を潤した。


覚えてはいないが 夢の中で なにかに魘されていたような気がする。



コンコン…と ガラス窓を打つ音。


コンコン…


コツン…



繚子は けして怖がりの方ではないが 初めての土地で初めての夜。

背中に ピクリッと電流が走ったように飛び上がりそうになった。


(なにを 怖がってるの?)


(きっと、小枝か何かが 風に揺られて窓を打っているのよ…)


繚子は 自分に言い聞かせ、そっとコップを洗面台に置くと、ゆっくりと ゆっくりと 窓の方に顔を向けた。



コツンッ!


彼は ガラス窓を叩く指先を ピクリと止めて にこやかな笑顔を浮かべ言った。


「ここを 開けてくれないか?」


繚子は 凍りつき、声も出なかった。



To be cotinued…










月下の窓辺を訪れた少年。


彼は 誰なのか?


答えは 彼だけが知っている。

彼のもつ『名』の重大な秘密を…。

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