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収穫  作者: 時帰呼
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失踪

待ちくたびれた繚子のもとへ訪れたのは ピーター・パンを気取った いつものセイ…のはずだった。





目が冴えて眠れない。


頭の中を 繋がりそうで繋がらないジグソーパズルのピースのように幾つもの言葉が 渦巻き 飛び交っているような気分だ。


時刻は もう夜中の一時を過ぎた。


窓から射し込む月光は心もとなく部屋の床を照らす。 空には まるで魔女の爪のような細い月が見える。


昼間 エリスから聞いたこと、見せられたもの、今まで学園で 出会った人たち。


ギシリ ギシリ…と軋むアイリーン先生の歩く音。



麦の穂は、村に住む私たちにとっての唯一の恵みだ。 一年中 黄金の穂を実らせ、私たちが生きていくための糧となってくれる。


政府は 麦を買い上げ、僅かばかりとはいえ 塩や肉や日用品を支給してくれる。


村に住む人たちは、だから 麦を刈る。

放っておいても無尽蔵に増え続ける麦を ただ刈り取り続ける。


お父さんのお父さんのお父さんの そのまたお父さんの代から、変わらぬ生活。


春と秋には『ワルイモノ』が風に乗ってやってくると お祖母ちゃんは言っていた。 『ワルイモノ 』にあたると病気になるからと、村の家々は門戸を閉じ それが過ぎ去るのを ただひたすら待つ。


それでも、年に何人もの『ワルイモノアタリ』の人が出る。


その人は 人が変わったようになってしまったり、手足が黒く変色して腐り落ちてしまう。


程度の軽かった人も、機械仕掛けの手足に交換しなければいけなくなってしまう人もいる。


ギシリ ギシリと歩く音を軋ませて。


「『ワルイモノ』ってなに?」


私は、お祖母ちゃんに何度も聞いたことがある。 でも、その度に お祖母ちゃんは 首を振り、「さあねぇ…、神様の罰なのかねぇ…」と曖昧に答えるだけだった。


人間は、なんの罪を犯したのだろう?


神様に これほどの『罰』を受けるほどの『罪』とは、なんだったんだろう?


堂々巡りの疑問を繰り返す。


セイは、今夜 来るって言っていたのに…


月が雲に隠れたのか、部屋の中は真っ暗になり、夜風が カタカタと窓枠を揺らした。



「繚子…、繚子…」


うとうとと眠り込んでいた繚子の肩を揺らす者がいる。 ぼんやりと瞼を開くと窓明かりを背に 見覚えのあるシルエット。


「セイ…?」


「遅れてごめん。ちょっと抜け出せなかったんだ」


セイの背後で窓枠が カタンカタンと風に揺れている。


「今、何時なの?」


「もう、明け方近い。 けど、まだ時間はある。 さぁ、行こう」


「行こうって、どこへ? それに私…」


「あ、そうだね。 後ろを向いてるから、早く着替えて」


(えー、そんなのあり? まだ三度しか会ったことのない男の子の前で…)


「早く! 時間がないんだから!」


遅れてきたのは そっちなのにと思いながらも、仕方なく 何度も後ろを確認しながら 繚子は着替えた。


約束通り セイは こちらを チラリとも見ようとしなかったが、それはそれで なんだか微妙な気分だった。


「着替えたわよ! …で、どこへ行くの?」


その言葉に セイは ゆっくりと振り返り、頭を垂れ 右手で スッと招くような仕種をして言った。


「夢の国へ」


「ふふふ、なんの真似? もしかして ピーターパンにでもなったつもり?」


その可笑しな仕草に 繚子は 茶化して返したが、セイは至極まじめに答えた。


「その通り! ただ今より 夢の国『ネバーランド』へ ご案内いたします!」


セイの目は、とんでもない悪戯を仕掛けようとする男の子の目に見えた。


繚子は、一瞬 戸惑ったが、すぐに思い直した。 この手を取れば、すべての謎が分かるのかしら? すべてのパズルのピースを拾い集められるのかしら?


期待に胸がドキドキして、そっとセイの手を取ると、まるで共犯者になったような一体感を感じた。


「さぁ、僕のウェンディ いよいよ旅立ちの時だ!」


セイの芝居がかった台詞に クスクスと笑ってしまう。


「でも、ティンカーベルがいないから、空は飛べないわよ」


私も セイの芝居に乗っかってみる。


「うーん、そこが問題なんだ。 うちのティンカーベルは ちょっと焼き餅焼きで偏屈なんでね」


「あら、ティンカーベルって もともと そういうキャラじゃなかったっけ?」


「ハハハ…確かに。 では、ティンカーベルの不思議な羽根の粉の代わりに…。ジャーン♪」


セイが取り出したのは、古びた一本の鍵だった。


「これがあれば、どこへでも行けるってわけさ!!」


なにも、セイと二人で 夜空を飛び回れると思ったわけではないけれど、繚子の高揚した気分は みるみる萎んでしまった。


「要するに、マスターキーってことね…。 そんな物を持ち出して、アイリーン先生に怒られるわよ」


「大丈夫。 これは 僕の物さ! アイリーン先生に返す必要はないんだ」


セイの物? セイがなんで そんな物を?


「ほら、ぐずぐずしてる暇はないよ。 さぁ、出発だ!!」


どうしたんだろう? 今日のセイは 妙に はしゃいで興奮しているように見える。

いや、会う度に 少しずつ印象が違う気がする。 けれど、見た目は いつものセイだ。


セイは 部屋の扉を開け、廊下へ出て ニコニコしながら手招きしている。


『ネバーランド』


そこへ行けば、誰もが 子供のままで暮らしてゆける夢の国。


でも、もしかしたら 意地悪な海賊フック船長やミスタースリーもいるのかしら、タイガーリリーには ちょっと会ってみたいけれど。


セイの言う『ネバーランド』が ただの冗談なのか、それとも何かの隠喩なのかわからないけれど、なにも分からないまま モヤモヤしているのは嫌。


繚子は 思いきって、セイの言う夢の国への旅へ出ることを決意した。


けれど、アイリーン先生に大目玉を食らってしまうから、朝食の時間までには戻らないといけないなと思っていた。




*****




エリスは、いつものように、ドアを三つノックした。


暫しの沈黙。


朝食の時間までには まだ充分に時間はあるけれど、エリスは 待たされるのが嫌いだ。 これは、ずっと以前からのエリスの『特性』だから仕方がない。


もう一度軽くノックをする。


けれど、なんの返事も無ければ、大慌てでベッドから抜け出そうとしている気配さえ感じられない。


繚子が 寝坊するなんて、入学以来 一度としてなかったことだ。


エリスは、「おはよう」と声をかけながら、ドアを押し開いた。


掛布が 揉みくちゃになったまま放置されたベッドの上に 繚子の寝間着が くちゃくちゃになって放り出されている。


窓は開け放たされ カーテンが風に揺れている。


エリスは念のため 窓際に寄ると、下の園庭を見てみたが、なんの異常も認められない。


「チッ」


エリスは、小さく舌打ちをした。


もう少し注意深く観察しておくべきだったと反省したが、今は そんなことを考えていても時間の無駄だ。


繚子はセイの話をしていた。


先日の『不良品』の事故以来、気を付けていたつもりだったけれど、いつの間にか また自然に『発芽』していたらしい。


この事は、すぐにアイリーン先生に報告せねばならない。

あの忌々しい『不良品』の癖に この学園の全てを取り仕切っている あのアイリーンに。


エリスは、いつものように地下の食堂で くつろぎながら 世界の誰よりも贅を尽くした食事を のんびりと待つアイリーンを思い描き、言いようもない怒りと吐き気を催した。


私の何が、アイツに劣っていると言うのだろう?


今更、血筋だとか 元貴族だという血統など なんの意味も持たない世界で。


セイに選ばれるのは 私のはずだったはずだ。


あんな『ワルイモノ』に侵されたアイリーンや凡庸な繚子ではなく。


このエリスが 選ばれるべきだったのだ。




To be cotinued……


人の犯した『罪』が何なのかは 知らない。


けれど どんな罪を犯したとしても、今 世界を覆い尽くそうとしている『罰 』に比べて その重さは 釣り合うモノだろうか?


繚子には 分からなかった。

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