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収穫  作者: 時帰呼
15/17

嘲笑

新任のアリス先生…、

繚子は、僅かな違和感を感じつつも 学園に慣れつつあった。



驚くほど 何も変わらず、なんの滞りもなく その日の授業は終わった。


アリス先生の教え方は、セイ先生の無味乾燥な講義とは違い、やさしく 分かりやすく、それでも理解しにくいところは 質問をすると 丁寧に教えてくれた。


そう、変わったことと言えば、ただ 担任の先生が変わったことだけ。


いつも通り 午前中だけの四時間ほどの短い授業が終わると 就業の鐘の音が カーン カーン カーン…と聞こえてきた。


いつだったか、エリスは「機械仕掛けで 自動的に鳴っているのよ」と言っていたけれど、メンテナンスをしている人は 誰なのだろう?


エリスも それは知らないと言っていた。


「どうしたのですか? まだ何か 質問でも?」


新任のアリス先生が にこやかな笑顔で話しかけてくれた。 そう、エリスそっくりの笑い方で。


「いえ、少し ぼぉーっとしていただけです。 すみません」


「あら、お腹が空きすぎたのかしら♪」


アリス先生が 笑う。

セイ先生なら けして言わないだろう 場を和ませようとする冗談を言って。


確かに、今日の私は ずっと落ち着かなかい様子だったのだろう。 その理由は はっきりしている。


「アリス先生…。 1つだけ、質問を いいですか?」


「ええ、昼食の時間に遅れさえしなければね」


変なことを聞く生徒だと思われるだろうか? でも聞かずにはいられない。


「アリス先生は、エリスと どういう関係なんですか?」


唐突で 不躾で おかしな質問だとは思う。

アリス先生も 一瞬 意味を図りかねたような顔をしたが、すぐに もとの笑顔に戻って 答えてくれた。


「うーん、説明しにくいけれど、エリスさんと私は 遠い親戚みたいなものなの。 うんと 離れているけれど…」


アリス先生の回答は、驚くほど当たり前の答えだった。 繚子も、それは予想していたことだった。


「従姉…みたいな…ですか?」


「それは、よく分からないの。 この学園の記録簿を見て、私も 初めて気づいたことだから。 エリスさんとは、今年 この学園に赴任してきて 初めて会ったばかりなの」


記録簿…。 それは、何処にあるのだろうか? それを見れば、私も この違和感から解放されるのだろうか?


もしかして、セイとセイ先生との関係も…。


「その記録簿というのは、生徒でも閲覧できるのですか?」


アリス先生は、矢継ぎ早の私の質問に 少々辟易しだしたようだ。


「繚子さん。 質問は、ひとつだけの約束だったはずよ」


そう言われて、繚子は 顔が赤くなるのを感じた。


他人の血縁関係や家の事情に 赤の他人が ずかずかと足を踏み入れるものじゃないわよ…と、お母さんが言っていたのを思い出したからだ。


いや、それは お祖母さんからだったかもしれないけれど。


アリス先生は、ひとつ溜め息をつきつつ、それでも答えてくれた。


「生徒が、学園の記録簿を見ることは、基本的には許可されていないわ。

どうしても…という事情が無い限りね」


(それは、誰に許可をもらえば…)と 繚子は、口に出しそうになったけれど、アリス先生が もう先程までとは明らかに違う

笑顔を見せていることに気づき、思い止まった。


それは、エリスに似た あの笑顔ではなく、どちらかというと セイ先生が 時おり見せた 唇の端を軽く上げる 嘲りのような笑顔だったから。


アリス先生が、両手を パンパンパンと叩き、質問は ここまでよと 態度で示した。


「のんびりしていると、遅刻して、アイリーン先生に怒られちゃうわよ」


アリス先生が 繚子の背を押すようにして、退室を即す。 恐々振り返ると、既に アリス先生は 始めに見せていた やさしい笑顔に戻っていた。


「ごめんなさい。 アリス先生」


「いいのよ。 それより、早く! けど、廊下は走らないようにね。 少なくとも アイリーン先生の耳に届く所までは♪」


「はい、アリス先生!」


急いで 先生に礼をして、繚子は 教室の扉を開け 廊下へ飛び出して行ったものだから、廊下で 今や遅しと待っていてくれたエリスに 危うく ぶつかりそうになってしまった。


「もう! 繚子ったら、人を さんざん待たせておいて!!」


エリスは、怒った口調で そう言ったが、いつも通りの笑顔のままだ。 ただし、時間が無いと 焦っているのも間違いなかった。


「ごめん!! わけは、あとで話す。 今は 急がなくちゃ!!」


「それは、私の台詞!」


走り出した私のあとを追いかけながら、エリスが ブー垂れている。


そのエリスの向こうには、心配そうな顔をしたアリス先生が 小さく手を振っていた。


本当に よく似ている。


まるで、年の離れた姉妹のように。

あるいは、年の近い母娘のように。



*****



いつものように 学園の昼食は 素晴らしいものだった。


ほの甘いニンジンのムースの前菜に始まり、新鮮な色とりどりのサラダ。焼きたての3種のパンに鮭のロースト、とっても柔らかな牛肉のワイン煮。冷たくて素材の味を生かした青リンゴとベリーのジェラートと濃厚なバニラアイスの三種盛り。


これが、この学園での いつもの食事。 勿論、日替わりで メニューは変わるし、夕食は 更に豪華なフルコース。


この学園の外では、どんなお金持ちでも 口に出来ない 様々な食材に、これ以上はないという技術で作られた素晴らしい料理の数々が、毎日 三食が 滞りなく 変わらずに出てくる。 そして、同じ料理が出てきたことは 繚子の記憶にはなかった。


何故、こんなことが出来るのだろう?


大地は、あの麦畑に覆われ、海や川では 魚の漁獲量は激減し、今や 牛や豚の肉は 滅多に手に入らない高級品になっているはずというのに。


そう、一昨日の晩には 鴨のローストが提供された。 鴨の血とワインで仕立てられたソースは絶品で、柔らかく 舌に蕩けるようだった…。


あの鴨は、どこから入手したのだろう?

野生の鳥が 空を飛んでいた時代は、もう既に100年以上前のこと。

鳥類は、どこかの大規模な工場のように管理された所で 飼育されているにすぎないと学んでいる。



ほんの少し、ゾッとした。


逃げ出せない場所に管理され、健康には最新の注意をはらわれ、よりよいモノになるように飼育されている動物たちの姿を想像してしまったからだ。


繚子は、ぶるると頭を振って、今の忌まわしいイメージを追い払おうとした。


(だって、それじゃあ…まるで)


「いやぁ、今日も 美味しかったね♪」


エリスが、大袈裟なくらいお腹を撫でて 満腹をアピールする。 いつだって、エリスは 私が 落ち込みかけると、声をかけ 励ましたり 笑わせてくれる。


エリスの笑顔は 好きだ。 なんの屈託もなく 笑う。


そう言えば、エリスとは いつも対等の話し方をしてしまうけれど、確か 一学年上のはずだ。 エリスなら、あのセイという少年のことを 何か知っているかもしれない。 何故、今まで そのことに気づかなかったのだろうと思った。


「ねえ、変なことを聞くようだけど、この学園に セイ先生以外に セイという名前の男の子を知らない?」


「セイ…?」


エリスは、きょとんとした顔をしている。 もしかしたら、何かの冗談だと思われてしまったのかもしれない。


「会ったことあるわよ」


エリスの返事は、あまりにも あっさりとし過ぎて、拍子抜けするものだった。


でも、次の瞬間 エリスは微妙な笑みに変わった。


「うーん、会った…というのは、ちょっと正確ではなかったかな。 見たことならある」


「見たことならある? …って、どういうこと?」


「ふふふ、聞きたい?」


エリスが、また いつもの悪戯っぽい顔になる。 こんな時は ろくなことにならないことは、この一年近くの学園生活で学んだことの ひとつなのだ。


エリスは、何かを企んでいるような顔で 私の顔を じっと見ているけれど、それでも、聞かずには いられない。


「ねぇ、教えて。 いつ、何処で見たの?」


「ふーん、繚子が『セイ』のことを、どこの誰から聞いたのか知らないけれど、そんなに 知りたいなら 教えてあげる。 ついてきて!」


エリスは、さも意味ありげなことを言い、私の質問に答えてくれるのか、それとも はぐらかそうとしているのか分からない。


それに、ほんとなら もうひとつ聞きたいこともある。 アリス先生との関係だ。


けれど、それは 後回しにした方が 良さそうだ。 アリス先生も、はっきりしたことは教えてくれなかったし、そもそも エリスが 何も知らない可能性もある。


それよりも、セイのことの方が先決だ。


幾つもの曲がり角を過ぎ、長い廊下を何本も通り抜け、いつもは使われてないような階段も 登り折りして、エリスは どんどん先に進んでゆく。どうやら『聖アントニウス学園』に建ち並ぶ洋館を 幾つも 幾つも通り抜けて来ているようだ。


もし はぐれてしまったら、とても 自分一人では、元の場所に戻れる気がしない。


エリスは、終始無言で 時折 振り向いては、繚子が ちゃんと後ろにいるか確認してくれてはいるが、その顔は 悪戯っぽい笑顔と言うより、だんだん意地悪っぽく見えてきた。


「さぁ、着いたわ。 此処よ」



To be cotinued……


エリスは『答え』を見せてくれるのだろうか?

なにもかもが、ストンと 胸のうちに落ちるように。

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