どうしても比較してしまいます
……そもそも『天シン』での西山敬太という男は、傍若無人で強引な俺様男だった。
しかし、俺様な性格ゆえに『自分こそが正しい』と思い込む傾向がある彼は、滅多なことでは自分の過ちに気付かないし、気付いたとしてもなかなか素直に謝れないという欠点がある。
あるはず、だったのに――。
(一体どうなってるんだろうコレは……)
数分後。
いくぶんか冷静さを取り戻した私は、敬太様へ深々と頭を下げていた。
「失礼いたしました、敬太様。少々取り乱してしましまして……」
「いや、その……俺もちょっと悪乗りしたからな。そこまで畏まらなくていい」
「ですが……」
敬太様に促され、私は伏せていた顔をゆっくりと上げる。しかし、心に立ち込めた暗雲はなかなか晴れてくれない。
(なにやってるんだろう、私……)
口からこぼれそうになった溜息を喉の奥に押し込めながら、私は小さく俯いた。
――この世界が『天シン』とは似て非なるものである事なんて、最初から分かってたハズだった。なんせ、体験したイベントのほとんどが原作通りじゃなかったんだから。
イベント通りにいかなかった要因のほとんどが自分なのは不本意だけど……まぁそれはともかく。
とりあえず、この世界は『天シン』によく似た現実なのだ。作者の思うようにキャラクターが動く二次元なんかじゃ決してない。
それなのに私は――『天シン』の敬太様に気を取られるあまり、現実の敬太様に目を向けようとはあまりしてこなかった。その性格や行動の全てを、『天シン』の敬太様を基本にして解釈していた。
それが、目の前に存在する敬太様に対してとても失礼な行動だったとは気付かずに。
(ごめんなさい、敬太様……)
思わずしょんぼりと肩を落としていると、不意に私の頭に温かいものが乗っかってきた。
驚いて顔を上げれば、そこには柔らかい微笑みを浮かべた敬太様。
ゆっくりと私の頭を撫でる彼は、こちらへ真っ直ぐな視線を向けると静かに口を開く。
「なにヘコんでんだ。まだ俺たち、婚約してから一週間も経ってねぇんだぞ?相手のこと知らなかったり、誤解したり、先入観引きずってたりしてても仕方ない事だろうが」
「そ、それはそうですが……」
「なにを焦っているかわからねぇけど、そんなに気にすんなって。ゆっくりお互いのことを知っていけばいい。まだまだ、その……長い付き合いになる予定なんだからな」
だから、あんまり落ち込むな。
微妙にどもりながら、敬太様は私の頭をグシャグシャと乱暴に撫でた。
なすがままの私は、自慢の黒髪ストレートが鳥の巣になるのも厭わず呆然と敬太様を見上げ続ける。
そして、数秒後――
(や、やっぱムリぃぃぃいいいいいっ!!)
――私は、思わず心の中で絶叫した。
(どうしよう!現実の敬太様には申し訳ないけど、どーしても『天シン』の敬太様を思い出してしまう!!)
だって同じ顔なんだもん!性格は違っても同じ外見なんだもん!!
思わず原作の敬太様を思い出して、とてつもない違和感を感じるハメになるんだよぉぉおおおおお!
……私はガックリと肩を落として、敬太様の方へ向き直った。
「すみません敬太様……。私はまだ、貴方をちゃんと見ることができないようですわ……(現実の敬太様を、先入観なしで見る事ができないなんて申し訳ないなぁ)」
「そ、そうか(突然何を言い出すかと思えば、『俺を(恋愛対象として)見れない』って……。それはつまり、他に好きなヤツがいるって事か!?)」
「でも、絶対にいつか敬太様のことをちゃんと見ますので!待っていてくださいませ!!(このままじゃ失礼だもん!いま目の前にいる敬太様を真っ直ぐ観察できるように頑張ります!)」
「あ、あぁ……(でもこの星華の発言から考えるに、少しは俺も男として星華に意識してもらえるようになったのだろうか?そうだと嬉しいんだが)」
お互いに勘違いしている事に気付かないまま、妙にかみ合わない会話は星華の部屋のドアがノックされるまで続いたのだった……。
原作と現実のギャップに興奮する星華。
そんな星華の言動に振り回される敬太。
まだまだお互いを理解するには時間がかかりそうです(笑)




