第二話 王都の屋台と異世界の勇者
王都の大通りから一本入った露店エリア。
そこに、異様な熱気を帯びた人だかりができていた。
「いらっしゃい、きつねうどん一丁!」
威勢のいい声を上げているのは、エプロン姿の少女――ナギだ。
そしてその隣では、身長二メートルを超える巨大なペンギンが、凄まじい手際で麺を茹で、冷水で締め、丼へ盛り付けている。
「う、美味い……! なんだこのモチモチした麺は!?」
「この琥珀色のスープ、出汁とか言ったか? 身体に染みわたるぞ……!」
最初は「巨大なペンギンがうどんを打っている」という怪しさに遠巻きにしていた客たちだったが、漂う出汁の香りに誘われて一口食べたが最後、大絶賛の嵐となっていた。
「母さんに『王都で2号店の需要を開拓してこい』って言われて放り出された時はどうしようかと思ったけど……なんとかなるもんだね」
ナギが額の汗を拭っていると、混雑する人だかりを押し分けて、一人の少年が屋台の前にやってきた。
黒髪に黒い瞳。この辺りでは見かけない珍しい容姿をした少年は、屋台の品書きを見るなり、目を輝かせた。
「これ、うどんじゃん! しかも油揚げ載ってるし! やったぜ、お姉ちゃん一つ頂戴!」
「あいよ――」
ナギは丼を差し出しながら、興味深そうに少年を観察した。
「あんた、『うどん』知ってるんだ。黒髪黒目なんて珍しいけど、どこの出なの?」
「え? ああ、俺? ぶっちゃけると異世界から召喚されたんだよ。名前は政宗マサムネ。城の飯は気取った肉とパンばかりでさ……出汁の効いた和食が恋しくて死にそうだったんだ! まさか異世界で『きつねうどん』が食えるなんて思わないじゃん!」
少年――政宗は熱々のアブラアゲに噛みつき、感涙にむせびながら麺をすすっている。
「召喚……あ、そういえば先週、母さんが『異界から勇者が来た』とか言ってたっけ」
ナギは政宗の全身をざっと見渡した。
華奢な体つき、頼りなさげな立ち姿。どこからどう見ても、一国の運命を背負うような猛者には見えない。
「あんたが勇者? 大丈夫? あまり強そうに見えないけど」
「失礼な! これでも勇者だぞ?」
政宗は麺をつるりと飲み込むと、誇らしげに胸を張った。
「まあ、まだ来たばかりでステータスの確認は出来てねぇーけどさ。腹の底から力が漲ってるのが分かるからな。レベルは恐らく300は硬いね。後、スキルやギフトとかも授かってるだろうし、結構強いと思うぜ!」
自信満々に語る政宗に対し、ナギはポカンと首をかしげた。
「すてーたす? れべる? すきる? ……あんた、さっきから何言ってるか全然分からないんだけど」
「えっ……? いやいや、ステータスだよ! 自分の強さを数値化したやつ! スキル一覧とか出ないの?『ステータスオープン』とか唱えたりしない?」
「しないよ。そんな呪文聞いたこともないし」
「マジで……!?」
政宗はガーンとショックを受けた顔をした。
ゲーム的システムが当然存在すると思って意気揚々と語っていた少年と、そんな概念すら知らないナギ。二人の会話は完全にかみ合っていなかった。
その横で、無言でうどんを茹で続けていた巨大ペンギンが、フッと鼻で笑うように息を吐いた。
「じゃあさ! この世界の人って、どうやって自分の強さを測るんだよ!?」
政宗が食ってかかるように尋ねると、ナギはうーんと腕を組んで首をひねった。
「うーん……師匠と弟子が戦ってみて、師匠が大体の力量を測るって感じかな。よく分からないけど」
「そんなアバウトなの!? マジかよ……!」
政宗は頭を抱えてガックリと肩を落とした。自分の強さが数値で見えないという現実に、相当なショックを受けているらしい。
「はあ……マジかよ。ステータス画面で自分のレベルが上がっていくのを見るのが一番の楽しみだったのに……。それにこの世界、スマホもパソコンもねぇーし。ゲームもYouTubeもできないじゃん。俺これから何を楽しみに生きてけばいいんだよ。もう帰りてー……」
どん底まで落ち込んでぐちぐちと呟き始めた政宗に、ナギは半目になって呆れ顔を向けた。
「勇者ともあろうものが情けないね、まったく。うどん食って元気出しなよ」
「食ってるけどさあ! 精神的ダメージがでかいんだよ!」
政宗が涙目で丼を抱え直した、まさにその時だった。
「おいおいおい、なんだぁ? この妙な臭いはよ」
ドスの効いた不躾な声が、賑わう屋台の雰囲気をぶち壊した。
人だかりがサッと割れ、柄の悪い男たちが三人、肩をそびやかして歩み寄ってくる。身につけている革鎧は手入れされておらず、腰には雑に剣を下げていた。見るからに街のならず者だ。
「おい、そこのガキ。ここで商売やっていいなんて誰が許可したあ? 商業ギルドに挨拶もなしに、いい度胸してんじゃねえか」
下品な笑みを浮かべながら、男たちのリーダー格が屋台の台座をドンと足蹴にした。
「へえ、ギルドならさっきちゃんと登録してきたけど?」
ナギは動じる様子もなく、冷めた目で男たちを見上げる。
「ああん? ギルドの許可ぁ? 俺たちの許可がまだなんだよ! このエリアで商売したけりゃ、ショバ代を払ってもらおうか!」
横暴な言いがかりに、周囲の客たちが不安そうにざわつき始める。
だが、真っ先に反応したのはナギでもペンギンでもなく、和食を堪能していたはずの政宗だった。
「オッサンたち、うるせーよ。俺は今、うどんに出会えた喜びと、現実を突きつけられたショックでめっちゃダメージ受けてテンション爆下がり中なんだよ。とっとと消えてもらえる?」
丼を叩きつけるようにテーブルへ置くと、ガバッと立ち上がり、政宗が男たちを指差して啖呵を切った。
「ああん……? なんだこの生意気なガキは」
リーダー格の男が眉間にシワを寄せ、政宗の胸ぐらに手を伸ばす。
「ガキが女の前だからって調子こきやがって、大人の邪魔すんじゃ――」
「ッシャァ!」
ガキンッ!
次の瞬間、金属が擦れ合う高い音が響いた。
政宗が腰から引き抜いたのは、異世界の召喚式で授かったであろう一振りの漆黒の太刀。男の手を刃の平で弾き飛ばすと、そのまま目にも留まらぬ速さで柄頭を男の鳩尾へぶち込んだ。
「グハッ……!?」
息を詰まらせ、くの字に折れ曲がる男。
政宗は気取った動作で刀を鞘に納めると、鼻でフンと息を鳴らした。
「ふっ……言ったろ? レベル300は伊達じゃねぇってな。一瞬で動きが見切れるぜ」
鮮やかな手際と、どこか決まりきらない決めポーズ。
取り巻きの男たちが「ひぃっ!」「覚えてろよ!」とリーダーを担ぎ上げて逃げ出していくのを、政宗は腕を組んで満足そうに見送った。
「ふー、やれやれ。力試しにはちょうど良かったぜ。……どうだった、お姉ちゃん? 俺の実力」
ドヤ顔で振り返る政宗。
しかし、ナギと巨大ペンギンは静かに彼を見つめ返しているだけだった。
「ん? なに? スゴすぎて言葉も出ない感じ?」
「……ううん」
ナギは小さく首を横に振ると、ジト目で政宗の足元を指差した。
「あんた、腰が引けてたし、無駄な動きが多すぎるよ。それに――」
「それに?」
「刀を抜くとき、鞘の角度がブレてた。あれじゃ一撃で相手を仕留められない。それに、相手の構えを崩す前に間合いに入りすぎ」
冷ややかな手厳しい指摘の嵐。
政宗の顔から余裕の笑みが消えていく。
「え、あ、いや……でも一撃で倒したし!」
「相手が素人だから助かっただけ。本当の猛者相手なら、刀を抜く前に首が飛んでるよ。ねえ、ペンちゃん?」
ナギが尋ねると、横で黙ってうどんを打ち続けていた巨大ペンギンが、静かに「コク」と頷いた。
そして次の瞬間――ペンギンが手に持っていた包丁をほんのわずかに閃かせた。
ヒュッ。
微かな風切り音。
政宗の視線が追いつかない速さで、屋台の脇に積まれていた薪用の太い丸太が、完璧な真っ二つに裂けて倒れた。断面は鏡のように滑らかだ。
「……え?」
「うちの従業員ペンちゃんのほうが、あんたの百倍強いよ」
「マジで……!?」




