第02話 この国には駄々っ子しかいないのかな?
【side マーラン】
あちらの屋敷からこちらの屋敷へ。
今日も今日とて、女たちを従えて市場を練り歩く。
(これが課せられた努めとは言え……面倒極まりないな)
彼の不興を少しも買わぬよう。行く先々で頭を垂れ、道をあける女たち。
そしてあわよくばその子種を授かることは出来ぬかと、こちらの顔色を窺う。
それが、彼が物心ついた時からの当然。
彼にとっての、何の変哲もない日常だった。
だからこそ。彼の乗る輿の前に銀の皿が転がり、それを追いかけるように少女が飛び出してきた時も、これと言った感情は浮かばなかった。
(年端もいかぬ娘とは言え女は女。何やかやと理由を付け、私に顔を覚えてほしいのであろうな)
もちろんそんな相手一人一人にかかずらわっているほど暇ではない。
いつも通り、側仕えや護衛の者が処理をするだけ。
そう思っていたのだが――
(……どうした?)
想像していた通り、一人の女が前に出た。
いつもなら鞭で地面を叩いて脅し、一行の怒りを示して叱りつける。……そのはずなのだが。
進み出た女は手にした鞭を振り上げた姿勢のままで固まり、小刻みに震えてすらいた。
(なぜ手を止めたのだ?)
怪訝そうに首を傾げ、眉をひそめるマーラン。
女の視線の向けられた先、うずくまる人間に目を向ける。
(もしかして男なのか?)
そこには飛び出してきた娘を庇う人間。
小さな身体を包みこむように抱きしめていたのは、見たこともない衣服を纏った一人の男だった。
(あいつは一体何をしてるんだ?)
もちろんその男が娘を庇うためにその身を投げ出していることはわかる。
そう、わかってはいるのだが……理解できない。まったく理解できない。
(男がその体で女を庇うだと?)
興味深げに、ジッとその男を見つめるマーラン。
やがて男はゆっくりと目を開き――彼を見下ろすように、鞭を振り上げたままの女と視線を合わせた。
* * *
俺の目の前には、今にも鞭を振り降ろさんという姿の女性。
やや露出は少ないが、それでも上半身はスポブラのサイズのブラ(?)にへそ出し。
ヴェールで口元を覆い隠した褐色肌のマスク美人さんが目を見開き、なぜか俺のことを見つめたまま身を固くし怯えた顔で見つめる。
……いやいやいや。
その顔をしたいのは、今にも鞭で殴りつけられそうな俺の方だよな!?
「……」
「……」
遠くから聞こえる市場の喧騒。
なのに、俺の周囲だけは時が止まったような静寂。
まるで思春期から中年に変わったような。
何も聞こてこない、何も聞かせてもらえないこの不思議な小康状態。
「あの……」
ピリつく雰囲気に耐えきれず、(大人のお店の)女王様ポーズのまま固まっている女性に――
「ひやぅっ!?」
声を掛けた瞬間、彼女の体が大きく跳ねた。
……だからどうして武器を持ってるあんたの方が怯えるんだよ!
俺の腕の中には先ほど庇った幼女が一人。
小さく震える彼女の、荒くなった呼吸と温かさが胸元から伝わる。
……もしも何かあればこの子も一蓮托生なんだよな。
とりあえずこれ以上相手を刺激しないよう。
『こちらは敵対するつもりはありませんよー』とわかるように、穏やかな声を意識して話を続ける。
「まずは謝罪を。いきなり行列の前に飛び出してしまい、まことに申し訳ございませんでした」
幼女を抱えたまま上体を起こし、大きく頭を下げる。
そんな俺の一言に、こちらを見ていた人たちの目の色が変わる。
……もしかして俺、何かやっちまったか?
この国では頭を下げるのが謝罪ではなく威嚇行為になるとか?
それとも『そんな口先だけの言葉で許される相手だと思ってるのか!?』という哀れみの視線か?
でも、それならそれで? 目の前に立つ女性の顔色がね?
怒りで赤黒くなるんじゃなくて、血の気が引いて青白くなってるのがおかしいんだよなぁ……。
自分の置かれている状況をイマイチ読みきれず困惑顔を浮かべながら辺りを窺う俺の耳に、『バシン!』という鞭が地面に叩きつけられ……いや、鞭が地面に投げ捨てられた音が聞こえ――
「そっ、そのような、謝罪など!!」
「……へっ?」
「全ての罪は私の不注意にございます!!」
いきなり膝を付いたかと思うと、地面に頭を擦り付ける女性。
「どうか! どうか償いはこの首一つでお許し頂きたく!!」
……まさかの謝罪返し。
いやいやいや。どこからどうみても、100%悪かったのはこっちだと思うんだけど?
もしかしてこの国には『飛び出してきた人間より、それに気づかなかった車のほうが悪い!』とかいう馬鹿げた法律でもある――少なくとも幼女は鞭で打たれる寸前だったよな。
ならこの状況はどういう……ああ! もしかして俺がスーツ姿だから、外国の要人か何かと間違われてるのか?
何にせよ、この国の偉いさんの付き人である女性に膝を付かせたままだと国際問題まで発展しかねない。
いそいで立ち上がらせようと彼女の手を――
「……えっと、名も知らぬ幼女ちゃん。ちょっとあの人を起き上がらせたいから離してもらえる?」
「や!」
「えー……」
コアラ、それともナマケモノ? 俺の首に手を回し、ぶら下がったままの幼女A。
ついつい助けはしたけど、さすがに知らないオッサンを親戚のお兄さん扱いするのはちょっとどうかと思うのだが……。
仕方なく幼女を左手で支え、右手でお姉さんの手を取り立ち上がってもらう。
彼女の手を取った瞬間、雷でも落ちたような勢いで体が震えたんだけど?
オッサンに触られるのがそこまで嫌だったの!?
目から汗を流しそうになりながらも引っ張り起こし、彼女からそっと手を……そっと手を……。
「……えっと、黒い服のお姉さん」
「はいっ!」
「ちょっとあなたの仕えてらっしゃる方にご挨拶をしたいので手を離していただけないでしょうか?」
「嫌です!」
「えー……」
とてもいい笑顔で即答される。
……もしかして、この国には駄々っ子しかいないのかな?




