笑って欲しい。心から【アルギュロス目線】
アレクシアが何者かに引き込まれた後、倦怠感が私を襲った。
『永遠の約束』の繋がりは距離によって阻まれることはないが、空間の隔たりは越えられないらしい。そして魔力の流れが滞るということは、人間でいう血液が巡らなくなる状態とほぼ同義だ。長くは保たない。
が、びりびりと雷鳴がガラスを震わせるような悲鳴に全身を打たれてはっとする。アレクシアの魂の声なき悲鳴。それを元に位置を割り出し、何者かの塒を形成している結界を力任せにこじ開けた。石床に倒れているアレクシアにはいつもの覇気がなかった。すぐに抱え上げるも、ガクガクと震えていて取り乱していた。
彼女が泣いて縋る姿が見たいとは思っていたものの、こんなに心が痛むとは思わなかった。背を撫でて宥めてやると、落ち着いてきたのか「ありがとうございます」と小声で言った。
「思い出したんです。死んだ、時のことを」
言われて、覗き見た彼女の前世を思った。あれは即死だっただろう。損壊した乗り物の破片に貫かれて、絶命していた。ただの力ない少女にしてはあまりにも惨い。それをわざわざ思い出させるような状況を作ってしまった自分が不甲斐ないし、犯人に憤ってもいた。
「それであの、少し痛くしてはもらえないでしょうか」
「なぜだ」
「生きている感じがするので」
要望通り、覚えた力加減を少し強める。華奢な体がミシリと軋んだところでアレクシアが私の肩を叩いた。もういいのかと緩めてやると、幾分か落ち着いた緑の瞳と目が合った。
「すぐに来てくれて、ありがとうございます」
「いや。その為の約束だ。むしろ怖い思いをさせて済まなかった」
アレクシアは少し逡巡した後「はい」と小さく答えた。今までの彼女なら否定していたかもしれない。些細な変化ではあるが嬉しく思った。
『わたしのおかげでもありますけど』
どこか誇らしげな少女の声がした。目を向けた先では白い小鳥の使い魔がぱたぱたと飛んでいた。そう、実はこの使い魔のおかげでもある。動けないアレクシアの代わりに私へ合図を送ろうと試みていた。周波数を合わせるとでも言おうか。この使い魔はその辺りの魔力操作がどうも得意らしい。
『その代わり、名前を……』
ピーちゃんはやはり不服であるらしい。そんなもの知るかと無視を決め込むと、使い魔は果敢にも私とアレクシアの間に割り入った。
「ピーちゃんも、ありがとうね」
不快ではあったが、気の抜ける名で呼ばれていることで手打ちにする。アレクシアはなんとか、ギリギリという体で立ち上がって、それでもなお両の手を握りしめた。
「それじゃあ、犯人を一発殴りに行きましょうか」
気丈に振る舞う姿はどこか痛々しい。古ぼけた鉄格子に向かうその肩を叩いて引き留めた。アレクシアは振り向いて首を傾げる。私は慎重に、だが簡潔な言葉を選ぶ。
「君は、頑張りすぎだ。私は例え君がなんの成果を生むことがなくとも、愛想を尽かしたりはしないからな」
「……え」
「なんだその意外そうな顔は。君は忘れっぽいようだから何度でも言うぞ。私を頼れ、アレクシア。どうせもう平和な世では腐っていくだけの力だ。ならば私は、君の為に使いたい」
浄化の力というだけで、無用に生き長らえた呪いのようなものだった。アレクシアに連れ出された人間界でも使いどころはなく、小手先の戯れを楽しむ程度の使い道しかない。
けれど、世界をも滅ぼす力を持ってしてもアレクシアを笑顔にすることは難しい。
「私は君に笑って欲しい。心から」
アレクシアは固まってしまった。瞬きもしていない。しかしじわじわと髪が薔薇色に変わっていった。やがてもごもごと口を動かし始めた。
「えっと……その、なんて言えばいいのか……。ありがとう、ございます」
意識してしまったのだろうか。彼女が浮かべた笑みはどこかぎこちなかった。




