覚悟するのは【アルギュロス目線】
今回も会話中にちょっとグロテスクな表現あります。
無粋な。
本当に無粋な。
苛立ち故に力が入りすぎないよう気をつけながら、服を掴んでいる小さな手をそっと外した。眠ってしまったアレクシアを寝台に運んでから向かったのは窓。静かに窓を開ければ、白い蝶がひらひらと入ってくる。蝶は私の手の上で止まった後手紙と化した。
『アルギュロス殿、わかっているとは思うが話がある』
確かに早い方がいいのはわかっているが、なにもこのタイミングでなくていいだろう。手紙を跡形もなく燃やしてしまってから部屋を出た。目印にしても目立ちすぎている魔力の放出元へ向かえば、バルコニーにクロウが腰掛けていた。
「よお、アルギュロス殿は酒はいけるクチか?」
「さっさと用件を述べろ」
アレクシアと違い、私はこの男とはあまり関わる気がなかった。人間であったというが、この男は限りなく魔に近い。生命の危機を伝えるアラートである痛覚を要らぬものとして捨て去り、強大な力を持つも驕らず。純粋に己の気の向くまま生を謳歌している。
クロウは肩を竦めて酒を呷り、紫の瞳を伏せる。その表情は先程模擬戦で見せていた暴虐の欠片も見出だせない真剣なもので。
「そうだな。申し訳ない。その様子だと、オレの心配は杞憂であるようだ」
言われなくともわかっていた。クロウが模擬戦で確かめたのは、アレクシアの戦力だけではない。その覚悟と、私もだ。
「永遠の命を欲しがる人間はざらにいる。死の恐怖を目の前にした人間って単純でなァ。どんなひどいことでも平気でやっちまうんだよ。……エルシオンのバカ野郎もあれでいて、研究の名目でミンチ肉にされたことがある。どこまで再生するかとか、どこか人間と違う器官があるんじゃないかとか、疑われて、な」
「それで正気を保っているあの男も大概化け物だな」
「だろ? だから認めざるを得ないというか……ああチクショウ。今のは無しだ。あいつのことはどうでもいい、今は」
クロウが初めて人間らしい表情を覗かせた。しかしすぐに元の表情に戻る。
「……同類のよしみで口を挟むが、アレクは他人に優しすぎる故に歪だ」
「……わかっている」
アレクシアは。
驚いてしまう程強く自己を否定している。結果を出さなければ、他人の役に立たなければ自分に価値がないと思い込み、ましてや他人を頼るなど絶対にしてはならないとまで己を縛りつけている。
私はアレクシアの前世を思った。他人に頼まれると断れない性格が災いし、あれこれと頼みを引き受けていた。……しかし、彼女に頼めば大丈夫だと、都合のいいように使われていたことも事実だ。言葉はわからなかったものの、悪意を持ってそういう彼女の性格を利用している者もいたのはわかる。
全く、彼女はいつだって自分を被害者の一人に数えない。
「もしそのような目に遭ったとして、まず彼女が心配するのは私だろうな」
私に迷惑をかけたと、醜態を晒したと、自分のことは置いておいて謝ることを先にする。
クロウが持つグラスの中で氷が高い音を立てた。
「オレが相手取っている敵は先鋭揃いでなァ。アレクじゃ到底敵わない。約束相手が発狂した時、ダメージがデカいのは魔族側だ。オレは『永遠の約束』の話をあまり聞かないのは発狂した番に耐えられなくなった魔族が自殺してるんじゃないか、と推測してる」
そうすれば、命を繋げている相手も……私の場合はアレクシアも、死ぬ。クロウはアレクシアの安全よりなにより、私の精神を心配しているのだった。
「……ああ、そうか」
やっとわかった。私がこの男を忌避していた理由。それはクロウがアレクシアの末路かもしれないからだ。
命を狙われている癖に、今日会ったばかりの他人でしかない私達に忠告して。そもそも痛覚を放棄したのも、番の魔獣を心配させない為だったはずだ。どうせ再生する、怪我など気にするなと笑って言う為に。
クロウは覚えているだろうか。その瞳を窺うも、読み取ることはできない。
「忠告感謝する。私は、彼女に笑っていて欲しいのは確かだが、歪んでまで笑って欲しいとは思わない。全力で守る。その為の約束だからな」
私の手の届かないところで迷子になって泣かないように。そう思って繋いだ約束だ。クロウはそっぽを向いて「ケッ」と吐き捨てた。
「オレに惚気るんじゃねェよ。直接本人に言え」
「そうだな」
話は終わった。一度振り返れば、クロウは空を仰いでいた。
彼は、月を直視できるのだろうか。
いやぁ、クロウ先輩もステラも狂ってきてるっちゃきてるんでしょうねぇ。昔はクロウ先輩が怪我するだけでステラはびーびー泣いてましたし……。
あ、アルギュロスはあれでいてめちゃくちゃ考えてる人ですたぶん?




