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嫌いにならないで





 フィリシアさんの話はえらく簡潔だった。


「阿呆な方々のお相手をしてきてお疲れでしょう? お部屋をご用意致しますので、とりあえずお休みになっては」


 沢山飛び込んできた情報を整理したかったので、その申し出を素直に受け取った。……はい、気の遣えるいい人だと思いました。思いましたが。


 部屋がひとつとは聞いてない!!


 確かに奥さんと言われて否定はしなかった。が、アルギュロスと同室で生活したことはない。部屋に一歩入った状態で固まった私をよそに、アルギュロスは本棚を物色している。魔法の灯りが白銀の髪を暖かい色に染めていた。


「アレクシア」


「はいっ!?」


 声がひっくり返った。さすがに不審に思ったらしく、アルギュロスが振り返る。


「なんだ、緊張しているのか」


「べ、別にそういう訳では……。いや、嘘です。すいません」


「やけに素直に認めたな?」


「貴方にバレバレの嘘を吐くのもどうかと思ったので」


 でなければ面白がられてなにをされるかわからない。しかし既に手遅れだったらしい。細めた目の中でひらひらと白銀の炎が踊る。


「そうか。それは楽しみだな」


「なにがですか?」


「少しこちらに来い。……なんだその手負いの狼に近寄ろうとするような歩みは。取って食いはしないから、普通に来い普通に」


 じりじりと近づいていたら怒られた。観念してアルギュロスの隣に並ぶ。すると私を呼んだ理由もわかろうというものだ。


「わあ……! 地図に歴史書に魔法の本。沢山ありますね!」


「好きだろう、こういうの。まずは地図から見るか」


「はいっ!」


 折り畳まっていた地図をローテーブルに広げた。すると現れたのは一面に描かれた大陸だ。どこかユーラシア大陸に似ている。


「ええと、魔法塔は、ほぼ真ん中なのですね」


「この空白になっている部分がゲート・アイン国で間違いないだろう」


 アルギュロスが指しているのはインドのように突き出ている部分だ。


「国交がないという話ですものね。でも国交がないのになぜ言葉が通じるのでしょう。文字も問題なく読めますし。不思議ですね」


「大昔に既に文明の基盤ができていたからではないか? 千何百年前から人も魔族も共通の言葉を使っていた」


「しかし同一の国であっても、それほど時を経れば変わると思うのですけれど」


 私だって平安時代の仮名文字とか読めないし。いや、そこは設定上突っ込んではいけないところなのかもしれない。大人の事情的に。


「私は時を経ても言語が変わらなかったことに感謝しているがな。でなければ、アレクシアと話ができなかった」


「そういうことを言いますか……」


 意地でアルギュロスの方は見ないようにした。頬に視線が刺さっているのは感じていたので。

 必死に地図を見つめていたせいだろうか。私はエルシオンさん達のいるウェルターナという地名と、懐かしい文字を見つけていた。


「これは……!?」


 魔法塔の隣に『桜花国』の文字がある。まさかと思い目を擦っても、やはり漢(・)字(・)で表記されている。と、アルギュロスの長い指がその文字をなぞった。


「君の前世で使われていた文字だな」


「漢字というのですよ。私のいた国、日本で使われている文字です」


「帰りたいか?」


「いいえ、特には。懐かしい思い出のようなものです」


「……訊き方が違うか。寂しいか?」


 寂しいか。改めてそう問われると、視界が滲んだ。


「大丈夫、のはずなのですけれど。貴方に訊かれるとそうですねと答える他ないですね」


 必死に勉強して、死亡フラグを回避して、あちらこちらへ東奔西走。忙しくしていた日々は郷愁など抱かせなかった。けれどこうして、ふと立ち止まるとやはり。

 アルギュロスの手が頭に乗った。子どもを甘やかすようによしよしと撫でてくれる。


「君は頑張りすぎ、気を張りすぎだ。そしてついでに甘えるのも下手すぎだ」


「最後のひとつは今関係ないじゃないですか、ってちょっと?」


 アルギュロスは私を抱えて膝の上に座らせた。顔が近づきすぎるので、視線を逃がす。


「貴方、この体勢好きですよね」


「君が逃げないように囲えるからな」


「私が逃げている時は貴方が悪いんですっ」


 私だってこの体勢は嫌いではないが、さすがに人前だったりすると恥ずかしい。頭をごつごつと肩に当てて責め立ててみたものの、大して効果はなさそうな上に丁寧に髪を梳き始めた。指先が首を掠める度にぞくぞくする。


「元気を出せ、アレクシア」


 軽く触れるだけのキスをして、そんなことを言ってくる。囲われたまま目を伏せて、私はポツリと呟いた。


「元気がないように、見えるでしょうか」


「見える」


「そうですか。すみま」


「謝らなくていい」


 遮られてしまったけれど、強い口調ではなかった。どうにもここは安心して、眠くなる。


「……私、ちゃんと頑張るから。だから、嫌いにならないでね……」





気がついたらブクマ100件近くあるんですね……。

ありがとうございます。物書きという生物は本当に単純なので、こうして誉めて……? 貰えると続きをバリバリ書く気になれます。


息抜きがてら書いてる話なので更新不定期ですけど、お読みくださってありがとうございます。

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