貴方はそうして
火事の表現かあるため、投稿をしばらく自粛していた部分です。
お読みになる際はお気をつけください。
「やっぱり、西の村に出現した魔王ってのが原因かもしれないな」
ソレイルの呟きに豆スープを口に運ぼうとしていたマルスの手が止まる。
「なんだそれ」
私はちゃっかり二人の家に侵入し、重ねてちゃっかり同じ食卓にいたけれど、やはり二人には見えていないようだった。それどころか、椅子を引いて座ったというのになんの反応もない。夢だからかもしれないけれど。
「相変わらずだなお前は。西の村が魔王サタンを名乗る存在に滅ぼされ、凶暴な魔物が溢れたと連絡が来ていただろう」
「あー、そうだったっけ? その魔物ってやつは猪や熊より強いのか?」
「強い、だろうな。だからこの辺りの村を吸収して、城壁都市なんてものを作る羽目になったんだろう」
「なるほど。それで母さん達の引っ越しに繋がる訳か。……で、どうする? いつも通り冬になったら向こうに帰んの? ぶっちゃけ遠くね?」
それを聞いて私は納得した。両親もいないし物が少ないから変だとは思っていたけれど、ここは狩りをする為の仮住まいなのだ。ソレイルは少し思案してから口を開いた。
「……今年は帰ろう。その時に話し合う」
「了解了解」
マルスは豆スープを掻き込むと、食器を抱えて土間へ向かっていった。残されたソレイルは黙々と食事を続けている。
……見えないって案外つまらないな。
ソレイルの頭に手を伸ばす。すり抜けてしまうが、撫でるつもりで。すると触れるか触れないかのところでソレイルがこちらを見た。ぎょっとしたものの、原因は背後から聞こえてくる足音だとすぐにわかった。
「兄貴! 大変だ、火事だ火事!」
「なんだと!?」
え、こんな森の中の村で火事はやばいのでは? と、大して詳しくない私ですら思うのだ。二人は慌てて家を飛び出していく。玄関で立ち止まった二人の後ろから私も見てみると、もう夜になろうかという空のあわいが赤々と燃えていた。
「見張りはなにをしていた! 火事になったら鐘を鳴らす決まりだろう!」
「兄貴、そんなこと言ってる場合じゃない! 獣の唸り声がする!」
マルスが言うと同時、誰かが叫びながら駆けてきた。あれは、門のところにいた男だ。二人に気づくと、激突しそうな勢いで二人の肩を叩いた。
「逃げろ! あれは駄目だ!」
「消火が間に合わないのか!?」
ソレイルの問いに男はぶるぶると首を横に振った。
「違う、燃える狼だ。武器が通らねぇ。早く逃げろ!」
「は!?」
マルスが声を上げた。その手には、狩りで使う棍棒が握られていた。が、男の言葉を聞いて逡巡する。ソレイルが目ざとく気づいて口を開く。
「マルス、迷うなら持っていけ。火が回る前にさっさと逃げるぞ」
自身もスリングショットとボウガンを持って、火に背を向けて走り出す。道中、聞こえる悲鳴や懇願に幾度となく足を止めた。知り合いと合流してははぐれる。その惨状に目も耳も覆いたくなった。
「夢、なら、早く覚めて……!」
けれどそんな気配はなく、私も炎に追い立てられるように二人を追った。なのに、あんなに遠かったはずの炎がいつの間にか追いついて来ている。あり得ない早さで回った火の手の原因が、とうとう二人の前に現れた。
「も、燃える狼……!」
マルスが呟いた通り毛皮はゆらゆらと燃え、接地している地面は赤熱している。
「マルス、怯むな! 隙を見せたら飛びかかられるぞ!」
声を張るソレイルだって腰が引けている。狼はジリジリと距離を詰めてくる。ソレイルの撃ち込んだ石も矢も、燃えて溶けて一切効いている様子はない。
「や、やめなさいよ! 止まって、止まってぇぇええ!」
もう夢ということも忘れて叫ぶ。その願いも虚しく、狼はマルスに飛びかかった。マルスは棍棒で払おうとしたものの、払い切れずに顔の左側を前足が掠めた。
「ああああああああっ!!!」
掠めただけなのに左目の周辺が焼け爛れている。それでも残った右目で狼を睨みつけた。
「ちくしょう、ちくしょうちくしょうちくしょう! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやるッ!!」
「マルス!」
突撃するマルスを止めようとしたソレイルの手は空を切る。狼は跳躍しようと身を屈めた。私は声にならない悲鳴を上げた。その、瞬間。天から降ってきたなにかが狼を貫いた。それは黄金の鎖。
「特攻はよくないね。よくない」
女の声がした。辺りを見回しても姿は見えない。マルスも同じようだ。
「誰だ!?」
「そうだね、サタンとでも名乗っておこうか。私はね、今君達に死なれちゃ困るんだ」
「……なぜだ。もっと早く狼を始末してくれていたら」
ソレイルが静かに怒りを込めた声で訊いた。なのにサタンはからから笑う。
「なぜ? 君達だけを助ける為だよ? よかったね、君達だけ助かって」
すると、突然周囲の炎が激しく燃え上がった。
『ああ、助かったのはお前達だけか』
『なんで俺達は助けてくれなかったんだ』
『お前達だけ生き残ったのか』
『熱い熱い熱い熱い熱い』
『痛ぇ……痛ぇよぉ……』
「ひっ!?」
思わず声を漏らした。炎の壁から、火だるまになった人々が出てきたからだ。二人に怨嗟の声をぶつけながら。逃げ場はなく、人々は二人に詰め寄っていく。サタンは笑う。
「あっはははははははははは!!!! あっはははははははははは!!!! ほら! よかった、よかったね!!!」
私は泣きながら懇願した。「狂ってる」「仕方なかった」「見捨てた訳じゃない」。けれど人々は止まらず、二人を囲んだ。
途端、炎が収束した。かと思えば、爆炎が辺りを一気に燃やし尽くした。炎に包まれた視界で、二人の姿が見知ったものに変わっていくのが見えた。
マルスの髪は揺らめく黒い炎に、瞳は青と金色に。
ソレイルの髪は白銀に、瞳は炎を宿した金色に。
「ああ、貴方はそうして……魔族になったのね……」
爆風に吹き飛ばされるように、その景色はどんどん遠のいていった。




