触れません
「はぁー………」
と、溜息を吐けば、目の前のレナスが顔を上げる。
「辛気臭……」
「え?」
「溜息、何回目……?」
何回目だろう。ついっと右に視線をやれば、ルシアが尻尾を揺らす。
『数えていないけど、だいぶ多いわ』
うんうん、とシルヴァとアントニオも頷いている。そんなにか。
夏期休暇を終えて戻って来た私達は、学園のサロンでだらだらすることが増えた。大抵一緒に行動しているのはレナスだ。特別生徒となったレナスは、事件も一段落したので約束通り私の空間跳躍を研究し始めたからだ。レナスのお目付け役エドガーもセット。更にサロンで働くシルヴァと、その様子を見守るアントニオともよく遭遇する。
そして。
「なにかあったのですか、アレクサンドラ様。男性に話しにくいのでしたら、私でよければ相談に乗りますが」
エルディアナ。……エムリニアはあの事件で私のことを怖がってしまったようで顔を合わせていないけれど、エルディアナとはこうして親交を深めている。貴族は時に厳しい態度を求められるものだ、とエルディアナは割り切ってくれたらしい。
「そう……ね。よくよく考えたら、今相談できそうなのはルシア様かエルディアナさんくらいなものですし」
本当はミラに相談したいところだけれど、彼女は「人生の目標ができました!」と言って以降なかなか捕まらない。しかし悩みながらもそう訴えれば、ルシアが尻尾をぶんぶん振った。
『ですってよ。ほら、殿方は空気読んで!』
「いやあのでも!」
殿方にはエドガーも含まれるのだ。悩み相談の為に王子を部屋から追い出すなんて不敬にあたる。けれどエドガーは少し笑った。
「気にしなくていい。アレク……、君には身分は関係なく、ただの友人として接してもらいたいからね」
「……ありがとう。エド」
そこに含まれる意味を読み取って返した。エドガー……エドには大変申し訳ないことばかりしている気がする。友人としても失格と言っていい程の。これは償いをしなければならないなと固く心に決めて、丁寧に頭を下げた。
『それで、アルギュロス様がどうしたの?』
ルシアは単刀直入に訊いてきた。まあ、私が悩むことなんてアルギュロスのことくらいしかないのだけれど。
「いや、なんていうか……触れないんですよね」
「それは……、なにか結界を張っているとか?」
エルディアナの言葉を否定する前に、ルシアが『もう!』と言ってエルディアナの手を肉球で叩く。
『そんな物理的な話ではなく、恋愛的な心境のせいよ!』
「えっ!?」
エルディアナの頬が自身の赤毛に負けないくらい色づいた。
「あー……エルディアナさんはご存知ありませんよね。ええ。アルギュロス様と私、一応そういう仲なんですの……」
実は、両親も承知していたりする。アルギュロスはスバルさんと話して人間社会で生きる為に色々することのようなものを学んだらしく、王都に戻って早々両親に挨拶した。二人共驚いていたものの「アレクがいいならいいよ~」とゆるーい感じでオーケーしたので、むしろ私が「もっとなんか、あるでしょう!?」と突っ込むことになった。
はい。
「そ、そうなのですか。すまない……じゃない、すみません。続けてください」
促されて、私は「んんっ」と咳払いして仕切り直した。
「それで、なのですが。私、アルギュロス様に触ると大袈裟にびくっとして離れる癖が知らぬ間についてしまいまして。それが怖がっていると勘違いされているのか、アルギュロス様が最近触ってこなくなったのですよね……。まあ、わかってますよ。話せばわかってくださるでしょうけど、え、言います? わざわざ。触られるのが嫌な訳じゃなくてそのぉ……ね。なんと言いますか」
触られると魔力を流されるのではないかと身構える。私はできればアルギュロスとは張り合っていたいし、シャキッとした自分でいたい。かといって、目に見えてスキンシップが減ると、そうじゃないんだよ! 感がするというか。
「わかる。わかりますよアレクサンドラ様」
意外なことにエルディアナが頷いている。
「甘えたいと思っても自分の性格を鑑みると、我に返って道端の小石を蹴るが如く拗ねてしまうのですよね」
「どうしたのですか突然」
やや素に戻って突っ込むと、エルディアナははっとした。
「あ、いや、実は……い、妹が恋愛小説が好きで、よくそんな話を聞くものですから」
絶対妹じゃなくてエルディアナが好きなんだろうな。確かに凛としてキリッとしているエルディアナは甘えるようなキャラではなさそう。ルシアも生暖かい眼差しになっている。
『はあ。でもわたしもわかるわ。似たようなことがわたしとアルビレオの間にもあったもの。結局似た者兄弟よね』
「ルシア様はどのようになさったのですか?」
『たぶんアルギュロス様にも効くと思うけど。あのね……』
地の文では、アレクサンドラが心の中で呼んでいる呼び名で各キャラを表記してます。表記揺れではなく意図的にそうしています。
という余談。




