落ち着いてください
程なくして、レナスが医者を連れて戻ってきた。空間転移で連れてこられた医者は目を白黒させていたけれど、怪我人と聞くや表情を引き締めていた。
『さすがアルバース家の方が紹介してくださったお医者さんですねぇ』
ルシアが尻尾をゆらゆらさせて言った。医者を呼ぶと決めたのは、ミラをざっと診たルシアだ。命に別状はないと判断したルシアは、魔法ではなく薬による治療を推した。
『魔法に頼ってばかりいると、傷を治そうとする体の機能が徐々に働かなくなってきますし』
「そう、なのですか」
返しながらカモミールティーを口に含む。おろおろしてばかりだった私は、エドガーに連れられイルコット家のサロンにいた。事情を聞いてイルコット家にやってきたアルバース家の使用人が淹れてくれたカモミールティーだけれど、そうしていても胸が潰れそうだ。
「落ち着いて。アレク」
向かいに座るエドガーがまた言った。いい加減自嘲してしまう。
「私、そんなにそわそわしているかしら?」
「少なくとも、いつものアレクではないよ」
「いつも通りでいられる程、厚かましい女ではないと自負しておりますが」
「姉上」
右の椅子に座るアントニオに窘められて、嫌味っぽくなっていたのに気づく。エドガーは気にしていないと手で示した。
どうしよう。
私はあの時確かに後退りしたけれど、本当に誰にもぶつかっていないはず。階段から落ちてしまう程強くぶつかったならさすがに気づくはずだ。ミラは……まるで私が原因であるかのような言い方のしていた。
……ミラを突き飛ばして私に罪を被せようとしている人が、この中にいる?
そんな馬鹿な、と否定する。けれどそうしたら出てくるのはミラの自作自演の可能性。それも否定したら……。やっぱり私のせいになるの?
ぐるぐると考えていると、使用人の一人がアントニオに耳打ちをした。アントニオはエドガーの方を見る。
「申し訳ありません。来客があり、家に戻らなければならなくなりました。ミラや姉上のこと、お願いしても……」
「約束をしていた客だろう? なにかあったら知らせるから、遠慮せずに行くといい」
「すみません」
もう一度謝ってサロンを出たアントニオと入れ替わりに、どこかへふらふらと出掛けていたレナスとアルビレオが戻ってきた。レナスはゆっくり口を開いた。
「調べてみたら、ミラに魔法がかかってた……」
「え!?」
腰を浮かしかけたけれど、膝の上にアルビレオが飛び乗ったのでソファーにもう一度腰を落ち着けることになった。
『落ち着いて聞け。……聞いていた通り、魔法陣自体を術者に仕掛け、発動は仕掛けられた被害者の魔力で行っているせいで、レナスにも犯人の特定は不可能だ。しかもあの女が持ってる魔力が特殊すぎて解呪もできないときた』
は。特殊な魔力。ここに来てヒロイン補正が邪魔をする。呆然とした私に代わり、エドガーが質問する。
「して、彼女にはどのような魔法がかけられているんだ?」
「アレク、サンドラに対する、悪意……」
『自分がこの女に虐げられていると思考を誘導させられるってのが正しいな。さっきのも、足を踏み外したのが原因かもしれねぇが、この女に突き飛ばされたとでも思わされているだろうな』
ずき、と胸が痛む。つまり、それが解呪できないとなったら、ミラは私が本当に悪役令嬢として覚醒したと思い込むことでしょう。エドガーが気遣わしげに私の手を握る。
「アレク、気を落とさないで。なにか方法が」
「ふふっ」
けれど、私の口から漏れたのは笑みだった。周りがぽかんとしたのはわかったものの、私はにっこり笑いかけた。
「あら、不謹慎でしたわね。ごめんなさい。……でも、私の可愛い後輩に手を出したのですもの。もう許しませんわ」
レナスという切り札を使えるとはいえ『魔法陣を調べたいので魔法を使ってくださる?』と手当たり次第に言って回るのはだとか、そんな諸々の考慮は完全に吹き飛んだ。
「ああ、アレクはそういう人だったよね」
呆れ混じりにエドガーが呟いたことによって、私はエドガーの手をギリギリと握り締めてしまっていたのに気づき、ひたすら謝ることとなった。




