どうしてこんなことに
アルバース領に到着した私達は、翌日にはイルコット家へ向かった。アルギュロスとシルヴァがお留守番になり、シルヴァはなにか言いたそうな顔をこちらに向けていたけれど、ごめんと心の中で謝るしかなかった。出迎えてくれたのは、子爵本人。
おかしな状態になって戻ってきた双子を見るなり夫人は浮気相手と駆け落ちしてしまい、半分以上の使用人は金品をくすねて姿をくらましたという。
「まあ、なんとかしてみせますよ。娘達や領民の為にもね」
情けない笑顔ではあったけれど、子爵は確かに貴族だった。アントニオがなにか言おうとしても、優しい眼差しでやんわりと制していた。
「で、診て欲しい人、どこ?」
空気を読まないレナスが一刀両断して、二階の部屋へ通された。そこにはまだぶつぶつ呟いているサリーリエとナターシャがいた。レナスが双子にぐっと顔を近づける。
「どれどれ……?」
レナスが手を翳すと、二つの魔法陣が双子の上の空間に現れた。
「作りは割と雑。それは感覚で魔法を行使してるこの国の特徴。けれどこの筆跡は悪意に満ちている上自分がやっているのは絶対にバレたくないとかいう腐った性根がありありと見て取れる。見ていてこんなにも不快になる魔法陣は魔法塔の文献にもなかったね。スパイや暗殺者だってもっと綺麗な魔法陣を描くよ」
双子に匹敵するかという呟きを一気に吐き出した。全員が最早通訳と化しているルシアの方を向く。
『かなり癖のある魔法陣を描く犯人なので、見れば誰が使ったか一目瞭然だということです』
「それでその、解呪はできるのでしょうか……?」
子爵が申し訳なさそうに口を挟んだ。レナスは子爵を一瞥して、私を見た。紫の目が真っ直ぐに。
「解ける。……でも、いいの?」
「いいですよ」
そりゃあ、思うところは色々あるけれど。このままでいいとは思わない。ざまぁみろというよりは、さっさと正気に戻って更生しろこのお馬鹿、という感じなのだ。レナスはふっと目を伏せた。
「変な人だね……」
本当に不思議そうに呟くと、魔法陣に手を伸ばした。いくつも重なった円の外側からくるくると回り始めて、次々に砕け散っていく。レナスはずっと小声でなにか言っているが、聞き取れないしきっと聞こえたところでわからない。そして、最後の円が砕け散った。
「おしまい」
レナスの宣言と同時に、双子の瞳が生気を取り戻す。やがて焦点がレナスに合うと困惑した表情を浮かべる。
「………え?」
「貴方は……?」
「サリーリエ、ナターシャ。二人共気分はどうだい? なにがあったか覚えている?」
子爵が声を掛けると、俯いた二人はしばらくして青白い顔になり、ぶるぶる震え始めた。
「覚えて、います……途中までは」
「でも、訳がわからない……なに、怖い……」
まだ二人に事情聴取はできそうにない。子爵に目で合図すると、私達は部屋を出た。
「では、後はレナス様に犯人を特定していただけば事件解決ですのね?」
レナスに確認を取ると、ずいずいと顔を近づけられた。
「うん……。筆跡を変えるとか……この国の人、できないだろうし。君こそ……おれの要求、忘れてないよね……?」
「え、ええ。空間転移魔法の研究のお手伝い、ですわよね?」
レナスから距離を取るように後退ると、甲高い悲鳴が上がった。驚いて振り向けば、ミラが倒れていくのがスローモーションで見えた気がした。
ドンッ、ドンッ、ばんっ!
「ミラ!」
階下にうつ伏せになって動かない。慌てて階段を駆け降りる。
「ミラ、ミラっ! しっかりして!」
服が汚れるのも構わず側に膝をつく。ぼんやりした目が私を捉えた。
「せ、先輩……。嘘、ですよね……?」
全身の血の気が引いた。そんな、私が後退りした時に、ミラを……!?
絶句していると、気を失ったミラをアントニオが抱え上げた。追い縋ろうとした私にアントニオの冷たい視線が刺さる。
「すみません、姉上。手当てが先です」
「そ、そうよね……。お願いアントニオ。わ、私はお医者様を呼んでくるわ」
空間跳躍できる私が行くのが一番早いはずだ。けれど跳ぼうとしたのをレナスが引き止める。
「やめろ」
『そうですよ。心を乱した状態で使えば、どうなるか……』
『上半身と下半身で真っ二つになっても知らないぞ、人間!』
ルシアも、アルビレオさえ止めてくる。とどめはエドガーだ。
「アレク、君は一度落ち着いて……ね?」
「…………は」
ぺたんとその場に尻餅をついてしまう。遅れて視界が滲んできた。ミラの心配と自身の不甲斐なさに。泣いてはいけない。ミラに謝らなければ。
でも、でも。私はあの時ミラどころか誰かに触れた感覚もなかった。




