第九十九代目の魔王
アルギュロス回ですー。
「こんばんは……っと」
帰宅後、アルギュロスを訪ねたら部屋にいなかった。シルヴァが「屋根で黄昏ておいでです」と教えてくれたので、空間跳躍で飛んできた。屋根の傾斜でバランスを崩すも、アルギュロスが手を引いて事なきを得る。
「落ちたら死ぬだろう。なぜこんなところに飛んできた」
「申し訳ありません。少し気になったものですから」
謝ると、ゆら、と瞳の炎が揺れた。
「魔界にいた時とは、少し喋り方が違うな」
「こちらでは公爵令嬢という肩書きがありますもの」
「屋根の上で肩書きもなにもあるまい」
的を射た発言にくすっと笑ってしまった。
「そうですね。じゃあそこそこ素で喋ります。お隣いいですか」
「構わん。……と言う前に既に座っているな」
咎める発言だけれど、険はない。夕焼けに染まる町並みを並んで眺める。しかし埒が明かないので単刀直入に訊くことにした。
「レナスのことなんですが」
「ああ」
察しのいい怠惰の魔王様は物凄く渋い様子で返事をした。それだけでなにかあるのだとわかる。全然表情を動かさないのだから、この魔族は。
「……あれからは、魔王様の気配がするのだ」
「はい?」
思わずアルギュロスの顔を見ると、迷子の子犬みたいな表情をしていた。
「第九十九代目、最後の魔王、サキューシュカ。ルシアがああ言うのだから、レナスの先祖にはサキューシュカが確かにいるのだろう」
「昔話をしてもいいんですよ?」
からかうように言うと、僅かに口角を上げた。
「あの娘は……語るには、少し……。ただ、魔王には向いていない性格だったな」
言い淀んで、金の瞳をこちらに向けてきた。
「お前に少し似ている。アレクシア」
「え?」
「民を愛し、部下を愛し、人間を愛し、勇者を愛した。他人を愛するばかりで、自分を愛さない娘だった。が、レナスのような者がいるということは……期待して、いいのだろうか。あの娘は幸せになったと」
アルギュロスは。
強いて言うなら魔王派だとシルヴァが言っていたのがわかる気がする。どんな時も魔王を第一に考えていたのでしょう。過激派と親人間派で割れる魔界の中で、彼だけはいつだって魔王の味方だった。
私は細く息を吐いた。この魔族が怠惰な理由にも見当がついてしまったから。
「きっとそうです。期待していいのです。怖がらなくていい」
「怖がる。私が?」
「ええ。期待しても、もう裏切られることはありませんよ。アルギュロス様は独りにはなりません」
あの魔界で、まだ誰か生きているのではないか。誰かがやってくるのではないか。きっと期待して窓の外を眺めていた。長い長い時間だったでしょう。けれどそれは裏切られ、アルギュロスは自覚のないまま深く傷ついた。最初から期待しなければ、そう思ってなにもかもを諦めた。
アルギュロスはふと笑った。夕焼けが白銀の髪を赤く溶かす、写真に残しておきたい笑みだった。
「そうだな。アレクシアが私を連れ出した。認めよう。君が去った魔界で私は確かに寂しいと思った。そして今は独りになるのが嫌だと思っている。『白銀の悪魔』がと呆れるかもしれないが」
「呆れはしないわよ。やたら素直なのにはびっくりしてるけど」
「感傷的になりすぎたのだろう。最後の魔王には私も思うところがあったからな。幼い時分に拾って今までの何百倍も手間がかかるじゃじゃ馬娘だった」
「すごい貶してるけど……って、似てるって言った私のことも遠回しに貶してませんか?」
「さあ、どうだろうな?」
ニヤ、と笑う辺りわざとやってる絶対。話は終わりだと言わんばかりにアルギュロスが立ち上がる。見上げると夕日を背負っていて眩しかった。
「アレクシア。私はお前になら約束をしてもいいと思っている」
「そうですか。私は破りませんよ、約束」
アルギュロスがどんな顔をしたのかは逆光で見えなかった。




