挨拶なのです
移動教室を移動したがらないアルギュロスを引きずるなどして、なんやかんや終えた午前授業。私はアルギュロスをミラに引き合わせていた。
「わあ本当にアルギュロス様だ」
ぽかぽかと暖かい中庭のお弁当タイム。ミラならアルギュロスを怖がらないし、新たな観察対象にぴったりだと思ったのだ。アルギュロスは少し間を置いてから、私に目で問いかけた。
「私のお友達、ミラ・ノイヤーです。彼女はええと……未来予知みたいな能力がありまして」
適当に誤魔化した。ミラはえっへんと胸を張った。
「そうなのです!」
嘘である。ただのゲームプレイヤーだ。
しかしアルギュロスはしばらくミラを見つめていた。どうしたのかと問おうとしたらふいと視線を外す。
おや、と私は思った。ミラの守護獣が元魔王様だからこの反応なのか。と、ミラがどんっ、と私の肩に寄りかかって耳打ちしてきた。
「私の守護獣の元魔王様は、アルギュロス様の元カノなのですよ!」
なるほど。
ゲームだとそれがアルギュロス攻略の鍵なのでしょう。むっふー、と得意げな笑顔を浮かべるミラだけれど、彼女が期待するような感情は抱いていない。つまり嫉妬なんてしていないとも。
嫉妬しそうな奴が近づいて来ているけれど。
「アレク、ミラ。それと……アルギュロス様」
やって来たのはエドガーだ。王様から監視するように言われているのかもしれない。けれど、エドガーだけではなかった。
「あらアントニオ。学園の中で会うのは珍しいわね。私になにか用?」
エドガーに率いられるかのように、弟のアントニオがいた。弟、とはいうものの血の繋がりはほぼないが。王家に嫁ぐかもしれない私は一人娘で、跡継ぎがいなくなる可能性を考えて本家に呼ばれた遠縁の子なので。前の家でいじめられていたらしく気が弱い。故に、変わり者と噂される私には滅多に近寄ってこないのだが。
声を掛けてもこちらを見ているだけでなにも言わない。代わりに答えたのはエドガーだ。
「アントニオは、ミラ嬢に用があるらしいよ」
「あら、そうなの」
ミラを振り返ると、目線で会話した。
『ミラ、うちの弟と知り合い?』
『攻略対象ですから、それなりに』
『なるほど。うまくやってね』
打ち合わせ完了。ミラはアントニオの前に出た。
「ではアントニオ様、あちらに参りましょうか。アレクサンドラ様のご昼食をお邪魔する訳にはまいりませんし」
ミラとアントニオは中庭を去っていった。私は残ったエドガーに視線を戻す。
「それで、エドはなんの用かしら? まさか、アントニオの付き添いをしただけ……という訳ではないのでしょう?」
訊くと、困ったような笑顔を浮かべられてしまい、しまったと思った時には遅かった。頬にキスされて、耳元で低い声を出された。
「ちょっと妬いてるだけ」
それだけ言うとエドガーも去っていったが、固まった私を見て満足げに口の端を上げたのが気に入らない。そういやアルギュロスのことがあって忘れかけていたが、ミラにエドガーを押しつける作戦は使えない。いざとなったら空間跳躍で逃げるか、と考えていると、ふっと影が差した。横に立ったアルギュロスを見上げる。
「あの、なにか」
訊いても答えない。目を見ても、白銀の炎がゆらゆら揺れているだけ。はて、と首を傾げると、頬に手を伸ばしてきた。そして新品の制服の袖でごしごし擦る。さっきエドガーがキスしたところだ。
「えと、あの? あれはただの挨拶ですよ……?」
少し間を置いて「そうなのか」と淡々とした答えが返ってきた。
「そうですよ。ですから、王子殿下のご挨拶をなかったことのようにするのはおやめください。不敬です」
抗議すると擦るのをやめた。頬が若干ヒリヒリする。不満を訴えるべく唇を尖らせていると、ちょん、とそれを啄まれた。
は?
今なに? すっげぇ美形のアルギュロスの顔がめっちゃ近くなった気がしたんですけど気のせい? ポカンとした顔を向けると、アルギュロスは無表情のまま告げた。
「ただの挨拶なのだろう?」
次の瞬間、ぶわあっと私の髪が一瞬にして薔薇色に染め上がった。別に空間跳躍しようとした訳でもないのに。その光を受けて同じく薔薇色になったアルギュロスの顔を、私は容赦なく引っ叩いた。
「唇にするものではありません」
ファーストキスだぞこんちくしょうが。
やっとお砂糖を詰め込む下準備ができましたね。わかりやすく設定しておくので、なんの捻りもなくつまらないかもしれませんが。プロットもなしに書き散らしてるしこんなもんかなと。




