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第5話◇思い出のあの子と希望のかけらは、時を経て

「ゾクラフ公爵家令息、ウィリアム様……?」


思わず呟くと、確かに自分はそうだ、と応えるように青みのグレーの両眼がわずかに細められる。

冷気がふわりと頬を掠めていった。

彼の髪も一緒に揺れて、またキラキラと光を反射する。


「心よりお待ちしておりました。マクファーソン伯爵家令嬢、アメリア様」


返答があるとは思わず、つい、相手の顔を凝視してしまう。

もうすっかり大人の声だわ、それに、絶対に泣きはしないわね、などと考えながら。


ああ……わたくし、この方を知っているわ。

十一年前のあの日、王城のガーデンパーティーでひとりぼっちだった、泣き虫の男の子。

あの子の色、そのままだもの。


なぜ。

どうして。

あの誓いが破れたこのタイミングで、会ってしまうのだろう……。

あの日のことをすっかり忘れていれば、今こんなに苦しくはなかったかもしれないのに……。


うつむくとドレスの薄水色と銀の刺繍がにじみかけた視界に映る。


それは目の前の男性の色だ。

彼の横に立つためのドレスだ。


薄い水色の、と認識していたが、よく見るとグレーのチュール生地が幾重にも重なっている。

青みのグレーと銀。


泣いたり悔しがったりするより先に、まずこのドレスの色で気づくべきだったのだ。

ウィリアム・フォン・ゾクラフの見た目の特徴を聞いたその瞬間に、脳内で過去の記憶としっかり結びつけるべきだった。

これはあの少年の色と同じだと。


「こちらへ」


言われるがままにエスコートされ、わたくしは歩を進める。

夢を失った身で隣に存在することには耐えきれず、顔を上げられない。


しかしウィリアム様の誘導は巧みだったようで、わたくし自身は決してつまずくこともなく、無事に目的地にたどり着けた、ようだった。

ピタリと彼が歩みを止め、こちらも同じく立ち止まる。


どうしたのかしら、案内されたのは本邸屋敷の応接室などではないみたい……。


違和感に顔を上げかけたその時、ウィリアム様は目の前のガラス扉を開けた。

ガラスの表面に射した日光に目が眩みそうになり、一瞬目線を背ける。


わたくしにはそれが何か分かってしまったから、余計に直視することをためらった。


ここは温室だ。

魔法で割れないようにと強化されたガラス製の。

マクファーソン家が使っているものとほぼ同じ仕様のものだ。


「たとえ人を害するほどの有り余る魔力を持とうとも、未だ貴女が失ったものを完全に取り戻すことはできず、無力さを感じています。ですが、せめてこちらを全て、貴女に」


ウィリアム様のその声は、思いの外わたくしの耳と心に優しかった。

この北の地の澄んだ空気に似合う、少し低いけれど、よく通る声色だった。


外気とは違って、温室の中は暖かい。

適温。


わたくしにとって、ではない。

「その薔薇にとっての適温、そして適した湿度」。


品種は、七歳のあの時に自身の髪に差し、ブーケにもして持っていたもの。

そして彼に手渡したものと同じだ。


真っ白だけど、光の加減でほんの少し青みがかっているようにも見えるそれは、未だ生み出すことが難しい「青の薔薇」への希望が込められている。

作り出したのはわたくしのお父様で、「希望のかけら」と名付けられた品種だ。


あの日、お父様が「今日の集まりにはこの品種がふさわしいだろう」と手ずから選んでブーケにして、お母様が髪にも挿して下さった。

「この日の出会いが、この場に集められた王子と貴族の子供たち、それぞれにとって希望あるものとなるように」と。


ああ……薔薇だ。

この温室丸ごと「希望のかけら」が咲き誇っている。

一番の特徴であるその白の向こうに透けるような青み、特有の芳香の甘さ。


あの騒動以来、久しぶりに曇りのない心でそれを見た。

薔薇を……「希望のかけら」を。


それはマクファーソンの領地にも当然咲いているものなのだけれども、ゾクラフ領で、となるとまた違った意味を持つ。


「増やした、のですか。あの時の、あれを」


ゾクラフ領で薔薇の栽培は難しい、気温が合わない、とほんのついさっきまで思っていた。

他でもない、薔薇を専門にする家門の家の娘のわたくしが。


しかもあの時、彼に渡したのはたった一輪だけ。


そこから、ここまで見事に咲き誇るまで、ゾクラフ家はこの環境を整えたのだ。

そもそも「希望のかけら」の青みをしっかりと出す育て方は難解なのに。


「ええ。差し木にちょうどいい長さだ、さすがマクファーソン家だ、とうちの庭師が言っていました。季節も最適だったようで……ご両親はあの日渡したものが相手の家にもきちんと根付けるようにとご配慮下さったのでしょう?」


ウィリアム様は涼しい顔で軽く言うが、それは一体どれほどの執念か。


たとえ我が家が「そのように渡した」としても、「そのように育てた」家門はこれまでに存在しなかった。



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