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第12話◇このガーデンルームはとても美しくて、心地よく整えられていて、けれども

マクファーソン伯爵家の敷地には本邸と別邸がある。


本邸は伯爵家にふさわしい貴族らしい屋敷だ。

家族それぞれの個室や、お客様を迎えられる貴賓室などを備えている。


それに対して、別邸はこじんまりとしている。

まだ伯爵の位が与えられる前にお祖父様とお祖母様が住んでいた屋敷だ。


ただ、別邸周辺にはマクファーソン家が持つ複数の温室と畑があり便利がいいため、薔薇仕事が多い期間のお父様とお母様は、こちらに泊まり込んで作業していることの方が多い。


別邸の一階にガーデンルームがあり、ここは家族専用の休憩室として使われている。

温室にいたわたくしとナタリーが駆け込んだのも、当然この部屋だった。


フィリップお父様とオフィーリアお母様は既に部屋の中心のテーブルについていた。

二人の顔を見た瞬間、「状況の悪さ」を悟る。


「アメリア。話は聞いたみたいね」

「ええ」


そのお母様の問いに頷いて、わたくしたちは石造りの円形のテーブルを囲むように、お父様・お母様・わたくし・ナタリーと指定された椅子に座った。


お母様とわたくしの間にある椅子は、アシュリーお兄様のものだ。

現在、薔薇苗の売買のために他国に旅立っているため、ここにはいない。


秋の色とりどりの薔薇が鉢、切り花と華やかに咲き乱れるこの部屋の空間は、いつも通りに視界に美しくていい香りに満ちていて、けれども、ここにいる全員の表情が暗い。


マルタが全員分のお茶を用意してくれていた。

茶葉の香りが薔薇の香りと調和して、そのマリアージュだけがほんの少しだけ、ささくれ立ったわたくしたちの心を癒してくれた。


「ありがとう、マルタ」


わたくしの感謝の言葉と、同じ意味が含まれた家族たちの視線に、マルタは静かに一礼をする。


自然と誰ともなくカップに口をつけて、しばらくお茶を飲んだり香りを楽しんだりし始めた。

まるで儀式でもしているかのように、そうやって冷静さを取り戻そうとしていた。

いくらか場が落ち着いた頃、まずお父様が切り出す。


「さて、ルーカスが他の貴族たちに向かって我らを訴えると息巻いていたらしいが、アメリアの薔薇をあの男のものだと言い張るための証拠は奴の手元にはない」


断言に「当然そうでしょうよ」と他の全員が目を座らせた。


「そもそも、我が国・アストラル王国では、薔薇は単に書類の申請をしただけでは、新種として認められないわ」


お母様の指摘に、ナタリーが追加する。


「王妃様主催の品評会での審査を経ない限り、認可が得られなくて販売もできないのよね?お父様」

「そうだ。そして、選ばれてマイスターの称号を得た者のみが、正式な育種家として認められる」


わたくしも頷いた。


「ルーカスは自分が品評会でマイスター認定されるようにと、オルコット伯爵家の権力でゴリ押し通そうとしてる。もし認定されたら、マイスターの権限をもって、すぐさまわたくしを訴えるつもり――そういうことよね?」

「そうだ。一応同じ伯爵家の立場ではあるが、向こうの方が歴史もあって、格上だからな」

「つまり、泣き寝入りしたらその時点で負け、ってことね」


わたくしは鼻を鳴らして、眉間にしわを寄せる。


ふん。

ルーカスめ、やってくれるじゃない。


新種の薔薇を作り出すまでには時間がかかる。

品種の特徴や耐病性を調べるため、数年かけて試験栽培をするのが基本。


伯爵家という強い立場で新たに温室を作ったり農夫を雇ったりとなれば、噂になるはず。

だけど、そんな話は聞かない。


オルコット伯爵家が王都にもオルコット領にも、温室や畑も持っていないのは明らか。

栽培実績なんて皆無。

けれど、上手いこと取り繕って誤魔化すつもりなんだろう。


「となると、アメリア。お前も品評会に参加して正式にマイスター認定を受け、ルーカスとの立場を同等にした方が、たとえ裁判になったとしても戦いやすい」

「そう、ですわね……」


お父様が言うことはもっともだった。

国からマイスター認定された栽培者と未認可の栽培者では、それぞれの言い分が裁判官に信用されるかどうかの差が、確実に存在する。


「アメリアの実力なら、マイスターとして認められるかどうか、という意味ではおそらく大丈夫とは思うわ。ただ……」


そこでお母様の顔が曇る。

おっしゃりたいことは口に出さずとも分かっている。


「代わりに何を出品するか、ですわね」


選択した二種類の薔薇を交配し、作られた大量のタネを撒き育てて、耐病性の強さや花の美しさや香りの良さがより優れたものを選抜していく。

そうやって時代に望まれる新しい品種を生み出していく。

それが薔薇の育種という生業だ。


ルーカスに盗まれた苗は六年前にタネを植えたもので、それだけの年数をかけて選別を勝ち抜いてきた、手持ちで一番の推し品種だった。

満を持しての品評会出品、のつもりで手をかけてきたのだ。


「品評会に出すべき他の候補はあるの?お姉様」

「あることはあるわ。けれど、決め手に欠けるわね。ルーカスが出るのに私は出ない、という選択肢だけは、避けたいけれど……」


主催は王妃様という権威ある品評会、出せる薔薇がなくては始まらないけれど、生半可なものは決して出せない。

でも、ルーカスの思い通りに犯罪者認定されるのも、尻尾を撒いて逃げたと喧伝されるのも最悪だわ。


「あとは、ルーカスが捕まって裁かれるのを待つか……。王家もゾグラフ公爵家も、そのつもりではあるようだが」


オルコットへの捜査についての話は、王家からお父様にも共有されているらしかった。

ただ、これは完全に他力本願。


「つまり、品評会当日までは、わたくしなりに全力を尽くしつつ様子見するしかない、ってことね……」


わたくし一人が頑張れば問題が解決する、とはならない状況は、とても苦しい。

無力だわ。


「数日、心を休めなさい、アメリア。友人に会ったり、ウィリアム卿と出かけてみたりするのもいいだろう」

「この件、アシュリーにも手紙で伝えているわ。気が晴れないなら、旅に出てもいいのよ」


落ち込みを察したお父様とお母様が宥めるように言って下さって、わたくしは力なく頷く。


ルーカスに対してのすごくイライラすることと、ウィル様に対してのすごくキュンキュンすることがほぼ同時に起こってしまって、気分の乱高下が酷いわね。

さすがに疲れてしまったから、思いっきり誰かに愚痴りたいかも……。


美味しいものを食べて、おしゃれなものを楽しんで。

そんな時にパッと思い浮かぶのは、幼少時からの最愛の親友、レジーナだった。


「そうね。わたくし、ライランズ伯爵家に……レジーナに会いに行きたいわ」


正直な気持ちをそのまま口にする。

もしそれでも気が晴れなければ、旅行がてらアシュリーお兄様に会いに行ってもいいかもしれないわね……。


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