後日談2:魔王とガトーショコラとグラタンと……。
重々しい空気が漂うとある塔の中、ノクティスは魔法無効の牢獄へ、エミリアとともに赴いていた。
魔法無効牢獄はしんと静まり返り、そこに誰かが収容されているとは思えないほど静か。
そんな静寂の中、コツン、コツンと石畳の上を革靴が一定のリズムで音を奏でる。
(やはりここはいつ来ても静かでいいな。魔法無効がなければここに部屋を移してもいいと思えるほどだ)
そんなことを考えながらもノクティスは、とある牢の前で足を止めた。
瞬間、苛立ちを隠せない様子で、そこに収容されていた人物が怒号する。
「おい、猫魔族! 早くここから出せ!」
「は? お前をこの牢から出すと思うか? この私の魔力を奪い、挙句の果てには数百年前にお前の祖先が、私を保護して与えた魚を盗んだとイチャモンをつけて復讐に来たんだぞ?」
ノクティスは、呆れてモノが言えないと言いたげに軽く肩をすくめると、なぜそんなに魚ネタを引きずるのかわからんと苦言を呈する。
「はあ!? 保護して与えただと!? そんなこと遺言書には書かれていなかった! この猫魔族めが! どうせ嘘をついているのだろ!?」
「ギャンギャンと煩いやつだ。お前は犬か? いや、豚か?」
彼は冷めた瞳でエミリアの父を見下ろすが、父もかなりプライドが高い人種らしい。
「誰が犬だ! しかも豚だと!? 私にはガストン・シュヴァリエ・ド・フィランゼという高貴な名前があるわ!」
そんな怒声を上げるエミリアの父――改め、ガストンの声などどうでもいいと言わんばかりに、ノクティスは立っているのも疲れたらしい。
近くにあった椅子にドカッと座り足を組むと、再びガストンに問う。
「ほう、ガトーショコラだな。で、ガトーショコラ、まだ言いたいことはあるのか? ないのならばお前の処遇についてどうしたいか要望を聞く予定だ」
「おおおい! 言いたいことは大ありだ! 誰がガトーショコラだ! 名前をまともに覚えろ!」
「は? だから覚えてやっただろう。ガトーショコラと!」
ノクティスが真顔でそう答えると、みるみるうちにガストンの顔が紅潮し、血管が浮き出る。
「どうすれば完全な洋菓子になるんだ! ふざけるのもたいがいにしろ!」
「ふざけるもなにも。お前の名前はガトーショコラだろ? 何がそんなに気に食わないのだ?」
「だ──っ! どこをどうすればガストン・シュヴァリエ・ド・フィランゼがガトーショコラになるのだ! 私はそんなに甘くないわ!」
「ああ? 元から甘ったるい名前のくせに文句を言うな。ガトーショコラだろうがガトーショコランゼだろうが、大差ないだろう?」
「ちがああああああう! 絶妙に違うだろう! 私の名前はガストン・シュヴァリエ・ド・フィランゼだ! ガストンすらも覚えれぬのか!?」
ガストンは、年甲斐もなく叫んでしまったからか、かなりゼェハァ言いながらもノクティスを強く睨みつける。
だが、そんな彼の睨みなど、ノクティスにはまったく通用しない。
「はあ……そんなにキレていると血管が切れて最悪死ぬぞ?」
「お前が怒らせているんだろうが!」
そんな言い合いをする二人だが、エミリアはくすくすと微笑み仲裁に入ろうとはしない。
「で、ガトーショコラよ──」
「だーかーらー! まったく違うと言っているだろう! 明らかに甘味が増しているじゃないか!」
苛立ちを隠さないガストンを見て、ノクティスはわざとらしくため息を吐いた。
「仕方のない奴だな。そんなに不満なら、次からは苦味でも加えて“ビターガトーショコラ”とでも呼んでやろう」
「そういう問題ではないわ! 私には高貴で誇り高い名前がある!」
そんな二人のやりとりを楽しげに聞いていたエミリアは、ついに笑いをこらえきれずに口を挟んでしまう。
「まぁまぁ、お父様。魔王様に名前を覚えていただけるだけ光栄だと思ってください! はい、お父様は今日からガトーショコラです!」
その瞬間、ガストンはガックシと肩を落とし、哀愁と絶望を混ぜたような顔に変わっていく。
「エミリアよ、お前までそんなことを……」
しかし、ここぞと言う時に抜けているのがエミリア。彼女は、そんな父の鬱々さなど気にも留めず、手を軽く打ち鳴らすと、悪気無い言葉を吐き捨てた。
「でも、お父様って確かにちょっとガトーショコラっぽい雰囲気ありますよね? ちょっぴり頑固だけど、どこか甘さがあるというか!」
「お前までそんなことを言うか!」
完全に洋菓子扱いされる父親をよそに、ノクティスは楽しげに椅子に肘を置き頬杖をつく。
「ほら見ろ、エクレアもこう言っているんだ。諦めてガトーショコラとして生涯をまっとうしろ」
「誰がガトーショコラとして人生を終えるものか! せめてもっと高貴なケーキを選べ!」
「ほう? 高貴なケーキだと? ならば“エクレア”が良いか?」
「それはもう娘で使っているだろうが! そもそもエクレアはケーキでもないわ!」
ガストンは自分の置かれた状況に深い絶望感を覚え、天を仰いだ。
(こいつが先代の魚を盗まなければ、私はこんなことになっていなかったのかもしれん……)
しかし、そんな彼の哀愁漂う雰囲気など察することなくらノクティスはフッと鼻を鳴らすと言葉を続ける。
「エクレアはケーキだろ? アールグレイとか言う紅茶ととても合ったぞ?」
「なぜアールグレイは覚えれて、ガストン・シュヴァリエ・ド・フィランゼを覚えられないんだ!」
「だから覚えてやっただろう! ガトーショコラよ、何が気に食わないと言うんだ!」
「はあ……もういい! 私のことは好きに呼べ! だが、エミリアを悲しませることだけは許さんからな!」
娘を人質に取ろうとした分際でそう喚くガストン。瞬間、ノクティスは口角を上げ不敵に笑う。
「 ほう、ガトーショコラの分際でよく吠えるじゃないか。しかし安心しろ。エクレアは俺が一生扱き使ってやる」
優しさを込めてそう言うノクティス。しかし、ガストンはすぐに反抗的な態度を示し、声を荒らげる。
「はあ!? 扱き使うな! 大切に扱え!」
そんなガストに、ノクティスも段々苛立ちを覚えてしまったのだろう。ムッとした表情を見せると、魔王権限を行使した。
「煩い黙れ! もういい! お前の処遇は今、私が勝手に決めたぞ! ガトーショコラよ、お前はグラタン鉱山の奥地で、五百年間魔鉱石集めに勤しめ!」
かなり威厳たっぷりに言い放った彼。内心でどうだ、決まっただろう! と誇らしげな笑みを浮かべるが、そんな彼にエミリアが水を刺してしまう。
「魔王様? グラタン鉱山ではなく、グランベルクヴェルクですよ?」
優越感たっぷりでドヤ顔していたノクティスの顔は、その一言でみるみるうちに不満の色を滲ませていく。
「ええい、なんでも良い! グラタンだろうがベーグルだろうが所詮同じだ!」
子供のように喚く彼。そんなやり取りを見ていたガストンは、言葉を失い絶句してしまう。
(この猫魔族は本当に魔王なのか? 自身が所有する鉱山名すらまともに把握していないなど先が思いやられるぞ? そもそも人間の寿命は百年未満なんだが――この猫魔族はどんな頭をしているんだ?)
内心で苦言を呈した後、深い深い溜め息を洩らすのだった。
しかし、その日からガストンはグランベルクヴェルクと魔法無効牢獄を毎日行き来させられることになったのは、また別の話である。




