後日談:魔王はエクレアを所望する。
「またお前たちか! 何度来れば気が済むのだ!」
ノクティスは眉間にシワを寄せ、人間の軍団と睨み合いを続けていた。
その理由は至極簡単。エミリアと、ついでに彼女の父親を取り戻そうと何度もノクティスに抗議しているのだ。
しかし、彼は人間たちの要望に聞く耳など持ち合わせていない。
「エミリア様を返してください! ついでにガストン様も!」
「ならぬ! エクレアは私のものだ! 貴様らなんぞに返すものか!」
「え、エクレア!? いや、エミリア様を――っ!」
困惑する人間たち。そんな彼らに苛立ちが頂点に達したノクティスは、ついに我慢が限界を超え、雷鳴轟く真っ暗な空を背に、堂々と声を張り上げた。
「ええい、煩わしい! 何度言えば済むのだ! 聞け人間ども! エクレアは俺のものだ! お前たちには絶対に返さぬ! 返してほしくば、この私と相対する覚悟を見せろ!」
それと同時に、ピシャァァァッ! と稲妻が彼の背後で劇的に光り、人間たちはその迫力に圧倒されながらも、ざわめき互いを見つめ合う。
「えっ……と? 魔王様ってエクレアが好きだったんですね! それならいくらでもあげますよ! エミリア様たちと交換でどうですか!?」
人間たちは困惑気味に、ノクティスへ譲歩しようと交渉を重ねる。しかし、彼が言っているエクレアはエミリアのこと。つまりいくらエクレアを差し出すと言っても話は一向に前へ進むわけがない。
お互い、エミリアとエクレアがごっちゃになっていることなど理解しないまま、展開はカオスな方向へと舵を切る。
「誰が菓子の話をしている! 私のエクレアを連れ帰ってどうするつもりだ! 貴様らには渡さぬと言っているのだ! いくら菓子を積まれても、これだけは譲らん!」
「だからエクレアですよね!? エクレアをあげますので、どうかエミリア様を!」
「何度言えば分かるのだ! エクレアは私のモノなのだ!」
「魔王様がエクレア好きなのは分かりましたから、そこをなんとか!」
「だから違うと言っているだろう!」
もうなにがなんだかしっちゃかめっちゃか……混乱とカオスが支配するそんな現場に、ゆったりとした足取りでエミリアが現れた。
「もぅ〜魔王様! 私は“エクレア”じゃなくて、“エミリア”ですって! いつになったら名前をちゃんと覚えてくれるんですか?」
そう言って訂正しようにも、ノクティスはやはり聞く耳を持たない。
「ええいそんなことどうでもいい! 早くこいつらをどうにかしろ!」
エミリア=エクレアの図式が彼の頭の中でできあがってしまっているため、もうエミリアがどれだけ訂正してもエクレアのまま。
この先も一生エミリアと呼ばれることはないだろう。
そんな彼に呆れを覚えながらも、エミリアはにこにこ笑顔でノクティスに詰め寄った。
「もうエクレアでいいですけど、人間の皆さんを怖がらせちゃダメなんですよ? 仲良くしましょうね?」
彼女はそう言いメッと注意すると、悪戯げに微笑えみポンッと軽くノクティスの額にデコピンをお見舞する。
「……っ! 何をする! 私は魔王だぞ!? 魔王に暴力を振るうとはなんという狼藉か!」
「ほらほら、怒っちゃダメですよ~」
ノクティスは怒りを余計露にさせるが、エミリアたちを返して欲しいと言っていた人間は、このやり取りでようやく理解したらしい。
「エクレアってあのお菓子じゃなくて、エミリア様のことだったのか!?」
「いや、そもそも何故エクレアなんだ!?」
「エクレアの、“エ”と“ア”しか合ってないよな!?」
理解不能と言いたげに、眉を下げながらエクレアの理由を解明しようとする人間たち。
しかし、四文字で頭とお尻の一致に加え、エクレアの“レ”が同じラ行だからニュアンスでそう覚えた。というノクティスの謎理論など解明できるはずもない。
最終的にはお手上げ状態で、人間たちは再びノクティスにエミリアを返すように要求しようとした。
だが――
「人間の皆さん、私もう魔王様の溺愛係……というか専属なので、帰りませんよ?」
彼女は誰よりも先に口を開き、楽しそうに微笑んでみせる。
そんなエミリアの反応に、困惑を覚え眉を下げる人間たち。
「エミリア様!? な、なぜそんな楽しそうに言ってるんですか!? ハッ! もしかして脅されているのですか!? なんと小癪な!」
そう言い、人間たちは一斉にノクティスへと鋭い視線を向けた。
だが、ノクティスはエミリアを離す気はないが、留まることを選んだのは彼女本人。
「お前たち、私がエクレアを脅しているだと!?」
ずももも……と威圧的なオーラを放ちながら、ノクティスが次の攻撃を仕掛けようとした瞬間。
「はいはい、話はここまでですよ~? さっさとお家に帰りましょうね〜!」
まるで園児を宥めるように、エミリアは軽く手を叩くと、その場を掌握したかのようにさらりと強制転移魔法を詠唱する。
「ああっ! まだ話が!」
と人間たちが声を上げるが、その抵抗も虚しく、あっという間に空間転移魔法で送り返されてしまう。
「もう来るなよ、人間たちどもめ!」
そんな人間たちが去った後、誇らしげな表情で吐き捨てるノクティス。エミリアはニンマリとした笑みを浮かべながら彼に聞く。
「ところで魔王様?」
その笑みはどこか含みがあり、嬉しそう。だが、ノクティスは特に気にすることなく、ん? と一言だけ返してしまう。
「先程、私のことを“自分のものだ”といってましたよね!?」
「は、はぁっ!? そんなこと言ってない! 俺は断じてそんなこと……!」
否定する彼をよそにエミリアは、どこからかボイスレコーダーのようなものを取りだし、満面の笑みでそれを再生する。
すると、その機械から『エクレアは私のものだ! 貴様らなんぞに返すものか!』という音声が。
「ち、違う! これは……そうだ! 人間どもの言うことを聞くのが癪に触っただけだ!」
必死に弁明するノクティスだが、エミリアはクスクス笑いながら彼の頬を優しく指でつつく。
「魔王様ったら、照れなくてもいいですよ~?」
「だ、誰が照れている! ふざけるな!」
「ふふっ。素直じゃない魔王様には、高級鰹節あげませんからね!」
「そんなもの要らぬわ!」
そんな感じでノクティスは、真っ赤な顔で反論を続けたのだが、エミリアは楽しそうにいじり倒し続けるのだった。




