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エッシャーの城>>認識>>8

「で? 何の用事だったんだよ」

 手ぶらで戻ったところで、詮索されないわけがなかった。二人のことを放って作業中の振りをしながら、先輩たちもちらちらとこちらを窺っている。

「金を押し付けられた」

 アレクはレフの手を肩から払い落とし、耳元にこっそりと囁いた。

「城を探索してるときに、軍人かなんかに引っかかって……それで、聞いちゃったんだ、倉庫が見つかったって、話」

 短い口笛を飛ばして、レフはアレクに囁き返した。

「それで、親方に報告したってわけか」

 何だい、最初から大活躍じゃねぇの、アレク君。大声で笑いながら何度も背中を叩くので、皆が恐る恐る集まってきてしまった。

「大活躍だって? 何があったんだ?」

 レフには余計なことを言わない方がよさそうだ。アレクが硬い笑みを浮かべながら適当に相槌を打っていると、見かねた班長が助け舟を出してくれた。

「詮索しなくても、必要になれば親方が話してくれるよ」

 ほら、エンジンを早く載せないと。演習が始まるまで、後20分だ。班長が手を叩くと整備班は持ち場に戻り、アレク達もさりげなく取り付け作業に加わった。黒いスケルトンフレームには、ザイロンの網目がうっすらと浮かび上がっている。エンジンをジャッキアップして黒いアバラの中に滑り込ませ、角のボルトを大急ぎで締めた。2ローター式を機械接続した、B字型4ローターエンジンだ。見てくれは肉薄だが、400馬力を叩き出す。

「コードは繋いだぞ」

 アレクが伝えるより早く、先輩は反対側で過給機を取り付けている。アレクは一番大きいギヤを手に取り、エンジン中央から出た四角いシャフトに噛ませた。同じ大きさのギアにシャフトを通し真上の穴に差し込めば、後はケースを被せるだけ。嵌った。ギヤポンプは上がりだ。

「ジャックの色、間違えないでくれよぉ」

 意地の悪い笑みを浮かべ、レフがアレクを冷やかした。

「そんなこと何度も間違えるか。分かってるよ。赤が左で青が右だろ」

 組上がったギヤポンプにパイプを繋ぎラジエーターをねじ止めすれば、一まずエンジンは上がりだ。冷却水、エンジンオイル、作動油を注ぎ込めば、枯れていたボルゾイは蘇る。作動油の注入が始まると、くぐもった音と一緒に油の乾いた臭いが広がり出した。

「意外と早く片付いたな」

 ホースに繋がれた車体を眺め、壁に寄りかかってだべっているうちに、一人目の隊員がやって来た。丸刈りの浅黒いアジア人。最初に世話になったバトゥだ。

「おはようございます」

 整備班が挨拶を返すと、バトゥは目敏くアレクを見つけた。

「お、ホントにレフの後輩やってやがる。どうだ? やっていけそうか?」

 アレクは肩をすくめ、気の抜けた返事を寄越した。

「やっと油の臭いに慣れて来たところだ」

 いつの間にか、この臭いが当たり前になっている。一晩寝ただけで、こうもあっさり変わってしまうものなのだ。

「やー、結構手際イイっすよ。元々機械弄ってだけあって」

 レフは冗談を交えず、存外さらりとアレクを褒めた。

「そりゃよかった。俺達の命もボルゾイにかかってるからな。これから宜しく頼む」

 差し出された手は、大きくて力強い。アレクはなんとなく出した手を止め、軍手を外してからバトゥと握手を交わした。

「こちらこそ。借りを少しでも返させてくれ」

 バトゥは小さく首を振り、頼もしい笑顔を見せた。

「困ったときはお互いさまだ。田舎臭いと馬鹿にされるかもしれないが」

 何でも、バトゥの郷里はモンゴルの奥地らしい。砂に飲まれた故郷を捨て、北に逃れた部族の末裔。大地を焼き尽くす太陽、凍てつく夜の砂漠、乾いた土を巻き上げフードに打ち付ける、嵐の音。僅かに生き残った者たちを、しかし党はすげなく追い返したという。

「ヤッホー! 皆、今日も元気してる?」

 バトゥの昔話を聞いていると、エカチェリーナが現れた。二、三人のいかつい手下を連れている。タンクトップ一枚で手を振るエカチェリーナの声は場違いなくらいに明るい。

「今日はもう上がりよ! ボルゾイが出入りできなくなるから」

 エカチェリーナが手を叩き、乾いた音が脂の臭いを打ち払った。

「バザールですか? 随分と急ですね」

 働き始めてまだ二日だが、班長の察しの良さをアレクはよくよく思い知っている。

「ええ、街中の仲間が、商品と一緒に引き上げてくるんですって。ぼちぼちトラックが入ってくるんじゃないかしら」

 ウスリー島の他にも、ニコライ達の商品はあちこちに隠してあったようだ。しばらくして大型トラックが姿を見せ、それを皮切りにバンやらトラックやら、大小様々な輸送車がホールに流れ込んできた。

「せっかくのバザールだ、ハンガーは一旦片付けて、皆でお店を回ってみようか」

 ウラー! こんなときだけ素直なのだから、アレクも含めて随分と勝手な連中だ。気前のよい提案に議論の余地などあるはずもなく、露店が並ぶ倍の速さで店じまいが行われたのだった。

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